句読点の謎
しつこく文章ルールの話をつづけます。
「字下げ」、「字上げ」(上げ書き)ときて、句読点の話。
現代の日本語の書き言葉では「句読点」が当たり前のように使われていますが、「段落1字下げ」と同様、「句読点」も明治20年から明治30年頃に定着し始めた新しい文章ルールなのです。
現在では縦書きの場合、句点が「。」(まる)、読点が「、」(てん)ですね。
この「、」と「。」はもともと漢文を読むための符号の一種だったそうです。
明治39年(1906年)に文部省大臣官房調査課草案の「句読法案」が出され、国定教科書の基準として使われました。
戦後、文部省教科書局調査課国語調査室が句読法案をバージョンアップして、「くぎり符号の使ひ方〔句読法〕案」(昭和21年、1946年)を発表しました。
縦書き・横書きあわせて19種類のくぎり符号が示されています。
【縦書き】
。(まる)句点
、(てん)読点
「 」(かぎ)
『 』(ふたえかぎ)
( )(かっこ)
―(ナカセン)
…(テンセン)
【横書き】
.(ピリオド)
,(コンマ)
:(コロン)
;(セミコロン)
《 》(かこみ)
このようなくぎり符号が示されていました。
文部省は昭和24年(1949年)に「公文用語の手びき」改訂版を発表しました。
翌年の昭和25年(1950年)に文部省が発表した「国語の書き表わし方」の付録である「横書きの場合の書き方」では、横書きの場合は「、」(てん)を用いず「,」(コンマ)を用いるという基準が明確に示されています。
ここまで見てきて、横書きの句読点には三パターンがあることがわかってきました。
パターン①「、」(てん)「。」(まる)
パターン②「,」(コンマ)「.」(ピリオド)
パターン③「,」(コンマ)「。」(まる)
70年以上前に示された基準はこうですが、一般の横書き日本語文書ではどのように定着しているのでしょうか?
横書きのウェブ記事では、NHKニュースや大手新聞社、海外メディアの日本語版でも、「、」(てん)「。」(まる)が句読点として用いられています。
わたし自身、横書きも縦書きと同じく、「、」(てん)「。」(まる)を使っている方が読みやすいです。こうして今、しゃべログに書いていても、「、」と「。」を自然と使ってしまいます。
一方、「,」(コンマ)「.」(ピリオド)は理系の文章で多く使われています。
わたしの夫は理系の研究者ですが、その夫が書く文章は基本的に「,」(コンマ)「.」(ピリオド)を使っています。
仕事の文書だけでなく、私信でも「,」(コンマ)「.」(ピリオド)を使っているので、最初は驚いたものです。
PCのキーボードの初期設定で、「,」(コンマ)「.」(ピリオド)となるよう設定しているので、日本語入力でも「,」(コンマ)「.」(ピリオド)と打ち込まれるのだそうですよ。
一度、どうして「、」「。」を使わないのか夫に尋ねたところ、なぜかは分からないが、「,」(コンマ)「.」(ピリオド)を使うことが、その業界に定着している慣習だから、ということでした。
「,」(コンマ)「.」(ピリオド)を使うのは理系だけかと言うとそうではなく、哲学書でも「,」(コンマ)「.」(ピリオド)は使われているんですよね。
『環境倫理学』の教科書では、400頁ぜんぶが「,」(コンマ)「.」(ピリオド)で統一されていました。英文から翻訳された本とは言え、文章中に数式を挟むわけでもないのだから、「、」「。」を使ってもよいと思うのですが……。
出版社の基準は、横書きでは「、」「。」でも「,」「。」でも「,」「.」でもかまわないけれど、それぞれの書籍内で表記を統一しているようですね。
公文書では句読点の表記が省庁によってばらばらなのだそうです。
官報では横書きでも「、」(てん)「。」(まる)が使われています。
文部科学省では、「,」(コンマ)「。」(まる)表記だったのが、近年、「、」(てん)「。」(まる)表記に変わったのです。
令和元年の「文部科学白書」では、「,」(コンマ)「。」(まる)が使われていました。70年ほど前に自分たちが示した基準に従っていたわけですね。
しかし令和4年の「文部科学白書」では、「、」(てん)「。」(まる)が使われています。
この間に何があったかと言うと、文化審議会が「公用文作成の要領」(昭和26年)をバージョンアップし、「公用文作成の考え方(建議)」(令和4年)を発表したのです。
この中で「句読点や括弧の使い方」として、新しい基準を示しています。
句点には「。」(マル)読点には「、」(テン)を用いることを原則とする。横書きでは、読点に「,」(コンマ)を用いてもよい。ただし、一つの文書内でどちらかに統一する。
このように新基準が示されると、「,」(コンマ)「。」(まる)の組み合わせは公文書で使われなくなり、一般社会の文章においてもだんだん消えていくのではないでしょうか。