南ノさん

南ノさん、「功利主義と自由主義」をお読みいただき、どうもありがとうございます!

そうなんです、近代以降の哲学は社会改革運動の説明理論になってきた歴史があり、とても面白いです。


ベンサムとミルは高校の倫理の授業でも習う超有名思想家ですが、その思想が現実の社会にどういう影響を与えたのか、という政治的な側面についてはあまり授業でふれないんですよね。

思想と運動は両輪なので、両方を知ることによって歴史のダイナミックな動きが見えてきて、より面白くなると思うのです。

ただただ試験対策のために「最大多数の最大幸福」とか「満足した豚と不満足なソクラテス」といった用語を暗記するだけではつまらないですよね。



おお、宮澤賢治の読み直しをされたんですね!!

おっしゃる通り、わたしは子供の頃から宮澤賢治が大好きでして、しゃべログの『有機交流電燈』もそうですし、読書ブログの『真空溶媒』というタイトルも、『春と修羅』からとっています。


「永訣の朝」のねがいには、胸打たれますね……

高校生の頃の話ですが、「永訣の朝」を題材にした映像作品(紙芝居アニメ)をチームで制作して、高総文祭の全国大会に出品したんですよ。

なので「永訣の朝」はわたしにとって、青春の思い出深い作品でもあります^^


たしかに「みんな」や「われわれ」というフレーズは、賢治がよく使う言葉のような気がします。

『春と修羅』の序文にも、


「すべてわたくしと明滅し

 みんなが同時に感ずるもの」


「すべてがわたくしの中のみんなであるやうに

 みんなのおのおののなかのすべてですから」


という文言があるので、共感性をとても大事にしていたのかなと思います。

詩人の感性で美しいと思ったものを「みんな」(読者)にも共有したいというようなことなのかなと。

賢治は自分自身のことを「有機交流電燈」と言っているので、「直流」ではなく「交流」というところに、彼なりの意味があるのでしょうね。


思いがけず、大好きな宮澤賢治のお話ができてうれしかったです!

どうもありがとうございます!!


2024/06/17 00:10

功利主義と自由主義
こちらに書き込むのが遅くなりましたが、『有機交流電燈 ダイアローグ』に功利主義と自由主義をテーマに2話追加しました。

功利主義(哲学的急進主義の道)

自由主義(他者危害防止の原理)


話数が増えてきたので、『有機交流電燈 ダイアローグ』に章題を追加して、テーマごとに記事を並べ替えてみたところ、【「哲学」がわかる!】と題した章に、ラ・メトリの1話しかないのはさびしいなと思いまして、ベンサムとミルの話を取り急ぎ追加した次第です。


ベンサムとミルは祖父と孫くらいの年齢差があるんですね。

ベンサムが議会改革運動の提唱者になったのは、彼が60歳のときにジェイムズ・ミル(ジョン・スチュアート・ミルの父)と出会い、友人となったことが理由だと言われています。

このジェイムズ・ミルはジャーナリストでした。

ジェイムズはベンサムの学説の支持者となり、親友づきあいするようになった彼の説得によって、ベンサムは議会改革の必要性を理解し、政治的急進主義に転回したのだそうです。

ベンサムは84歳で亡くなりますが、そのときジョン・スチュアート・ミルは20代半ばの若さでした。

若きミルはベンサム派の貴公子と言われていたそうです。



そんなミルの『自由論』や『功利主義論』は大変読みやすい哲学書です。

本当に哲学書なのかな? と疑問に思うほど、ときに口が悪いんですね。

功利主義批判に対して、歯に衣着せぬ反論パンチを繰り出してます。

ミルの『功利主義論』から少し引用しますと、



「功利という用語を快楽と対立する狭い、単なる俗語的な意味で使っていると思い込んでいる無知な誤解については、ひとこと触れておけば十分である。(中略)こんな馬鹿馬鹿しい誤解を抱きかねない連中と混同されかけただけでも、釈明して然るべきだろう。(中略)何もかも快楽に、それもいちばん下品な快楽に関連させるという非難が、もう一つのありふれた功利主義攻撃であることを考えると、この誤解はいよいよ奇怪きわまるものである。」


「新聞や雑誌だけでなく、重厚でもったいぶった書物の中でも、たえずこの種の浅薄な誤解に陥っている。功利主義的という語を見たとたんに、それについては発音以外に何も知らないくせに、美とか装飾とか娯楽といった種類の快楽を拒絶し無視することが功利主義的だとこの連中は言いふらすのである。」



引用おわり。

いやあ、ヒップホップのラップバトルみたいですね!  熱いです!!

ミルは後の世に多大な影響を与えているんですよね。

「ディストピア」という言葉を生み出したのもそうですし、のちの社会主義や、現代のリバタリアニズムのルーツでもあります。

それも、彼の本の読みやすさからきているのかなあと思ったりします。

使っている用語がシンプルで、伝えたい内容がわかりやすいんですよね。


現代の哲学者ハートが、ミルの自由原理を「曖昧で開かれた構造」と評していました。(ハート「功利主義と自然権」より)

シンプルな理論というのは、「曖昧」だと批判することもできますが、その分、いろいろな場面で応用できるわけです。

「曖昧」かつ「開かれた構造」だから、100年以上経っても通用する基本中の基本原理として、残っているのかなと思います。


2024/06/15 13:31

成瀬川さん

『成瀬川るるせ短編手帖』第92話、刺激的なテーマを取り上げておられて、とても面白く拝読しました!


成瀬川さんはフーコーをお読みになっているから、フェミニズム理論にも興味を持たれた感じでしょうか?

クィア理論と言うと、ジュディス・バトラーなどが有名ですよね。

アドリエンヌ・リッチの「強制的異性愛」と「レズビアン連続体」という用語も興味深いなぁと思っています。(言い得て妙と言うか、パワーワードですよね)


リッチのような、シスターフッド的な理想を掲げるレズビアン・フェミニストの論者がいる一方で、成瀬川さんが本文中で書いておられるような、「反フェミニスト」に見える当事者たちがいるのは事実ですよね。

SM・ポルノVSコミュニティ論争と言われて、フェミニズムでは昔から議論されてきたテーマですね。

当事者の数だけ考え方の違いがあるので、LGBTQとひとくくりに語るのは無理があるなと思っています。


「オタク的記号だけで拒絶反応を起こすひと」というのは実際おられますが、多くの場合、単に絵柄の好みの問題だったりしますよね。

カバネル の「ヴィーナスの誕生」やマネの「オランピア」は芸術に分類されますが、あれらがOKで、現代日本のポルノイラストがなぜダメなのかを理論的に説明するのは、困難を極めると思います。


ポルノアニメを規制すべきかどうかというテーマは、わたしも以前考えたことがありますよ。

生身の人間が演じるポルノと違い、現実に加害者も被害者もいないポルノアニメの場合は、フェミニズム(被写体の人権)の問題ではなく、自由の問題(観る自由、愚行権)なのかなとわたしは思っています。

アメリカでは、コムストック法というポルノ雑誌規制法があった時代がありました。当時は産婦人科の医学書も「猥雑物」とみなされ、規制されて違反すると処罰される対象でした。

コムストック法の背景には、「性的不品行や不道徳を排して、健康で道徳的な国民を育てるべき」といった、国家的パターナリズムがあると言えますね。

同様に、売春や同性愛を法律で規制すべきかどうかを議論した、イギリスの哲学者ハートと裁判官デヴリンの論争も有名ですね。

都の有害図書条例も意図するところは同じなので、モラル(私的な道徳/不道徳)の問題にどこまで国家が干渉するのかは、パターナリズムと自由のせめぎあいだなと思います。


2024/06/05 00:26

塩の姫君

先日、『有機交流電燈 ダイアローグ』に「塩の姫君」と題して2話追加しました。

塩の姫君①(グリム童話)

塩の姫君②(ユダヤ民話)


グリム童話の「泉のそばのがちょう番の女」とユダヤ民話(イラクに伝わるユダヤ民話)の「父への愛は塩の味」をご紹介しています。

どちらも、父親である王さまへの愛を塩にたとえて追放された姫君が登場するおとぎ話です。


その物語の核心となるモチーフが共通している物語を「類話」といいます。

「父への愛は塩の味」は「泉のそばのがちょう番の女」の類話ということになります。

なんとスロヴァキア民話にも類話が存在するという情報を得ました!


「金より塩がいい」というタイトルの昔話だそうです。

タイトルからストーリーが想像できるような……

パボル・ドブシンスキー『スロバキア民話』(ロナルド・シュミット=ファイリック訳)に収録されているのだとか。

この絵本、ぜひとも入手して読み比べしてみたいですね!



有名なおとぎ話の類話を比較考察するというテーマで、取り上げたい作品がほかにもあってですね。

マルシャークの『森は生きている』(原題は「十二か月」)です。

日本でも子供向けのミュージカルとしてよく上演されていますよね。わたしも舞台を見たことがあります。

ソ連時代の児童文学を代表する作品ですが、作者マルシャークの出自はロシア生まれのユダヤ人でした。

この『森は生きている』の元ネタが、なんとなんと、スロヴァキア民話なのだそうです。

上の『スロバキア民話』に「十二の月の話」という昔話が収録されているそうなので、これが元ネタではないかとあたりをつけております。


ちなみに、わたしの愛読書『いちばんたいせつなもの バルカンの昔話』(八百坂洋子訳、福音館書店)にも類話が収録されているんです。

マケドニア民話の「娘と十二の月」という昔話です。


この本に収録されているマケドニア民話には、「灰かぶりのマーラ」という、タイトルからわかる通りシンデレラの類話もあります。

このお話も、シンデレラとは結末がまったく違っていて、すごく面白いですよ。


2024/05/25 11:47

南ノさんへ②

南ノさんが「一番好き」とおっしゃられた「雨のなかの猫」、読み直してみます!


以前に"In Our Time"を読んだのは、授業の一環でして、ただ先生が語る解釈を鵜呑みにしていただけだったような気がするので、「自分で読んだ」とは言えないんじゃないかと思えてきました。英文を目で追っていただけだったのかも……


ちなみに先生は「ダンテの神曲のパロディで、聖なる愛から性愛への格下げ」うんぬんと語っていましたね(遠い目)

南ノさんとこうしてヘミングウェイについてお話して、ひさしぶりに思い返し、本当にそのような解釈が正しかったのか、あやしく思えてきました。


あれからだいぶ年数が経ち、わたし自身も読書経験値を積んできているので、いま読めば、フラットな目で作品と向き合えるのではないかと思っています。


「白い象のような山並み」も未読なので、ぜひ読んでみたいです!


丁寧に教えていただき、どうもありがとうございます^^


2024/05/01 22:35

南ノさん

南ノさん、お読みいただき、どうもありがとうございます!!


わあ、「ボスコ・マグ」、気に入っていただけてうれしいです^^

わたしもこのクマのキャラクターがお気に入りで、ほかにもグッズを集めているんですよ。

そうそう、醸造所の話はつい最近の夫の実体験です。1日で150本ほどびん詰めしたそうですよ。

そのうちの数本が、わが家の冷蔵庫に大事にとってあります。



フォークナーは難しいので、『八月の光』を挫折されたというのがよくわかります。

わたしが最初にフォークナーを読んだのが、読書会の課題本としてだったので、そういう目標がなかったら、わたしも最後まで読みきれなかったと思います。


アメリカ文学の研究者だった義父(夫の父)も生前に、「フォークナーは難しい。だからフォークナーを研究していると言うと、仲間うちで一目おかれる」と言っておりました。


義父との初めての顔合わせのときに、フォークナーの話題で盛り上がり、打ち解けてお話することができたので、フォークナーを読んでいて良かったなとそのときしみじみ思いました。



そう、村上春樹の「納屋を焼く」が、フォークナーの"Barn Burning"にタイトルが似ているんですよね。(でも作者本人は下敷きにしていないと言っているのだとか)

考えてみると、村上春樹の小説を今まで読んだなかで、フォークナーの影響を感じる部分って、あまりなかった気がします。あまりフォークナーみを感じないと言いますか……。


フォークナーの文体って、とにかく、くどいんですよね。(ほめ言葉)

ひと息が途方もなく長くて、なかなかピリオドを打たない。

被修飾語ひとつに対して、カンマやセミコロンで修飾文をどんどんつなげていき、長大な文章を構築しています。

具体的な事物に対して、神話的で抽象度が高い意味づけ(比喩)を何層にも重ねて語っていく感じです。

それと比べて、村上春樹の文章ってすごく読みやすいですよね。比喩もそれほど抽象的ではないですし。


フォークナーが「乾いた印象」というのは、たしかになるほどと思いました。

読者にとっては、目を背けたくなる苦々しい事実を、ありのままに、淡々と描いているところが、突き放したような、ドライな印象を与えるのでしょうか。救いのない、苦い後味の物語も多いんですよね。


ヘミングウェイの方がむしろ「女性的」な印象というのは、目からうろこでした。

ヘミングウェイは"In Our Time"しか読んだことがなかったです。この作品は、性的な匂わせ表現が男性的な印象(男同士だけで通じ合うような、わざと下世話な言い方をしているような感じ)を受けましたが……

南ノさんのお言葉を聞いて、敬遠せず、ヘミングウェイのほかの作品も手にとってみようと思いました。

ご紹介、どうもありがとうございます!


2024/04/29 22:24

『ブックガイド』に1冊追加

『【ブックガイド】人生は、断片的なものでできている』に、ウィリアム・フォークナー『エミリーへの薔薇』を追加しました。

「ノーベル文学賞を読んでみよう」と題した章の2話目、ヘッセとカミュの間に挿話しています。

(受賞年順に並べています)

お時間のございます時にお読みいただけましたら、さいわいです。


『フォークナー全集8 これら十三篇』(冨山房)から引用していますが、『エミリーに薔薇を』(中公文庫)のほうが手に入りやすいと思います。電子書籍版もあります。


『エミリーへの薔薇』はミステリ仕立ての物語なので、ネタバレせずに3000字以内(注釈除く)でご紹介しています。

いちばん面白いところは結末なのですが、そこを言わずに、作品の面白さを伝えるってむずかしいですね。なんとかお伝えできていれば良いのですが……。


『これら十三篇』に収録されている短篇「あの夕陽」も名作として名高いです。

(アメリカ国内での文学的評価は、「あの夕陽」の方が圧倒的に高いです)

「エミリーへの薔薇」と「あの夕陽」、両方紹介したかったのですが、そうすると字数がすごいことになってしまうので、悩んだすえ、今回は「エミリーへの薔薇」にしました。

「あの夕陽」はキリスト教信仰が背景にある物語なので、多くの日本の読者は、アメリカの読者が感じたほどの感動を味わえないのでは? と思ったり……

聖書抜きでの説明はむずかしいですが、名作であることはまちがいないので、「あの夕陽」についてもあらためてどこかで書きたいなと思っています。



フォークナーとマーガレット・ミッチェルが同じ時期に生きた作家というのは、意外と知らないかたも多いのではないでしょうか。

しかし、アメリカ文学史の教科書"An Outline of American Literature"(アメリカ文学外観)では、フォークナーの章はあるのに、マーガレット・ミッチェルの章はないのです。

(ちなみに同世代の作家でフィッツジェラルド、ヘミングウェイ、スタインベックの章はある。後の世代の作家だと、サリンジャー、ソール・ベロー、アイザック・バシェヴィス・シンガー、ピンチョン、トニ・モリスンなど)


やはりアメリカ文学史においても、純文学的な作品と娯楽作品(エンタメ)は峻別されているということなのでしょうか……?


2024/04/22 21:35

南ノさん
南ノさん、お忙しいなかでわざわざお読みくださり、コメントまで寄せていただき、本当にどうもありがとうございます!

今回はあらすじ含め5話構成と長くなってしまい、自分でもまとめていて長いなと思いつつも、難しい題材なので説明や引用をあまり削ることができず……

こうして読んでいただけて、感謝の気持ちでいっぱいです!!


そうなんです、『テロル』は読書会メンバーの感想が見事に分かれた作品でした。

「面白くない」とか「失敗作だと思う」とか、辛口コメントもけっこう出されましたね。

そうは言っても、皆さん、しっかり最後まで読み通してきているので、すごいなといつも思っています。


多くの人は面白くなければ、途中で読むのをやめると思うんですよね。

読書会の皆さんの場合、課題本だからということもあると思いますが、「面白くない」と思っても途中でやめずに、最後まで読んだ上で、どこが問題点だったのか考えるところがさすがだなと思っています。


かく言うわたしも、本書の結末は納得がいかないと思いました。

プロローグとエピローグがつながっている構成から考えるに、作者は最初からこの結末にしようと思って書き始めたのでしょうが……。

おかげで読書会の最後のほうでは、もし主人公が死ななかったらのIFトークで盛り上がってしまいました。



メロドラマやミステリといったエンタメ要素は、物語を進める原動力、読者にページをめくらせる力になるので、小説にとってなくてはならないものだと思います。

そのエンタメ要素と、作品を通して作者が伝えたいテーマ(本書で言えば、パレスチナの抵抗運動の立場に立った台詞)のバランスをとるのは難しいものですよね。


ノーベル文学賞作家のオルハン・パムクの『雪』も、あえてジャンル分けすれば恋愛小説の棚に入れてもよい物語だと思いますが、作中で語られている歴史観(トルコの近現代史)や宗教観(スカーフ論争)、人種差別の問題などが奥深いんですよね。

ストーリー(ミステリとメロドラマ)を追いたいだけだったら、こういう説明的台詞はぜんぶ無駄話に思えてしまうので、読み飛ばす読者も多いのではないでしょうか。

作者が本来書きたいのは、その説明的台詞の方なんでしょうけども……。


パレスチナ出身のガッサーン・カナファーニーの『ハイファに戻って』も、無理やり小説にしている感があってですね。

作者が伝えたいことが前面に出すぎていて、途中の台詞が、論文を読んでいるような感じを受けました。そこは全部台詞で言うのではなく、登場人物の行動(ストーリー)で表現してほしいなと思ったのでした。

とは言え、そう不満に思っているのはわたしだけかもしれないです。『ハイファに戻って』は現代パレスチナ文学で最も有名な作品と言われていますし、映画にもテレビドラマにもなっていますので。


今回の『テロル』の話に戻しますと、結末に不満が残りましたが、たくさんのことを学ばせてくれた作品で、読んでよかったです^^


2024/04/08 21:10

『ブックガイド』に1冊追加
『【ブックガイド】人生は、断片的なものでできている』に、アティーク・ラヒーミー『悲しみを聴く石』を追加しました。

「本で世界とつながろう」と題した章の最後に追加しています。


アティーク・ラヒーミーはアフガニスタン出身の作家で、『悲しみを聴く石』はゴンクール賞受賞作です。

ミステリ仕立てということもあり、ネタバレなしで3000字以内でご紹介していますので、どんな結末を迎えるのか、ぜひ実際にお手に取ってみてほしい1冊です。



わたしが本書を最初に読んだのは、2012年9月の読書会でした。

今回、久しぶりに読み返してみて、男性作家と言われなければ分からないほど、女性心理を見事に描いていると思いました。


ソ連によるアフガニスタン侵攻は、1978年に勃発して1992年までつづきました。

作者がフランスに亡命したのは1984年、この戦争に真っ只中に当たります。(兵役義務を拒否するためだったそうです)

9日間かけて徒歩で国境を越えてパキスタンに入り、そこからフランスに亡命したのだとか。


作中に描かれている戦争は、作者が体験した戦争(ソ連対ムジャーヒディーンの戦争)をイメージしているでしょう。

そして、「女」の家に押し入る兵士たちというのは、服装や台詞から「ムジャーヒディーン」(のちの「ターリバーン」になっていく男たち)だと思われます。


しかし、本書が発表された2008年当時は、アメリカによるアフガニスタン侵攻の真っ最中でした。

アメリカによるアフガニスタン侵攻は、2001年から2021年までつづきましたね。


誰と誰が戦っているかは微妙に違いますが、戦いの構図自体はほぼ同じ(外部勢力が圧倒的戦力で攻めてきて内部勢力がゲリラ戦を戦う)なので、本書を読んでいると、違和感なく「現在の戦争」(アメリカ&連合国対ターリバーン政権の戦争)だと思えるのです。

これは作者が、具体名を一切出さずにその場の雰囲気だけで、読者に想像させていく表現力のなせる業だと思います。


とは言え、80年代をイメージして書いた(であろう)作品が2000年代に読んでも「現在」のこととして通じるというのは、良いのか悪いのか……


そう言えば、『シャーロック・ホームズ』のワトソン医師は、第二次アフガニスタン戦争で負傷して帰還した従軍医師という設定でした。

BBCが現代を舞台に翻案したドラマ「シャーロック」を見たとき、ワトソンは原作と全く同じく、アフガニスタン帰還兵という設定でしたね。

19世紀末に書かれた人物設定が、そのまま21世紀に通用するというのもおどろきです。

どれだけ戦争がつづいている地域なのだとあらためて思いました。


2024/04/06 11:47

南ノさん

南ノさんがご無事でなによりです。

報道を見て、建物の倒壊や土砂崩れなどおどろきました。

被害にあわれたかたがたに心よりお見舞い申し上げます。

余震があるので、不安ですよね。

救助活動、災害復旧がどうか早く進みますように。


お忙しいと思うので、お返事はお気遣いなくお願いします。


2024/04/03 20:41

『林檎が丘読書クラブ』更新しました
NOVEL DAYSで連載中の『林檎が丘読書クラブ』を更新しました。

今回の課題図書は、ヤスミナ・カドラ『テロル』です。

『テロル』編は全5話で完結、おまけとして次回予告が1話あります。


昨年10月7日のハマースによるテロ事件があって、今回の本が選ばれました。

前回の『真夜中の子供たち』はあらすじを追うだけで大変な長編でしたが、今回の本は長さがちょうど良かったので、より深い分かち合いができたように思います。


本書を未読であっても、議論の内容がわかるよう、本文の引用やあらすじの解説をできるだけ多く入れてみました。(既読の人にはちょっとくどいかも)

中立であるよう心がけたつもりですが、上手く伝わればよいのですが……

皆さまにとってパレスチナとイスラエルを身近に感じる一助になれば、幸いです。


ここからはあとがきというか余談です。

出版社のミルトスから「謹呈」と書かれた封筒が届いてですね。

開けてみると、ミルトス社の隔月雑誌『みるとす』2023年12月号が入っていました。

10月7日から始まったガザ・イスラエル戦争の具体的かつ専門的な分析・解説が寄稿されており、とても勉強させてもらいました。

ありがたく無料で読ませてもらいましたが、年間購読すると3600円だそうです。

出版社もふだんはこんな風に無料で配ったりしないでしょうけど、イスラエルの立場からすると日本は偏向報道なので、被害の実態をもっと知ってほしいという切実な思いがあるのでしょう。


ガザ地区に関するニュース映像は刺激が強すぎて、意識して視聴しないようにしていましたが、文字情報として読んでも、やはりショックが強いですね。

みるとす誌で佐藤優さんがこう書いていました。

「ハマスのテロはユダヤ人であるというだけの理由で殺害を認める属性排除の論理に基づくものです。ハマスはナチスと同じ発想をし、行動しているのです」


なぜテロリストは生まれたばかりの乳児まで平気で殺害できるのか、わたしには理解できませんでしたが、「属性排除の論理」という分析に腑に落ちる思いがしました。

ハマースは「イスラエル殲滅」を公式に掲げる組織です。

サイードやアモス・オズはユダヤ国家とパレスチナ国家の共存の道を模索していましたが、ハマースは「共存」を目指してない。現にそこに暮らしているユダヤ人を皆殺しにしたいと思っているわけです。今回のテロで、ハマースはイスラエル国籍を持つアラブ人たちも「裏切り者」として殺害しています。

自分たちの生存権を認めず、ナチスと同じ論理で行動するハマースと、イスラエルが「共存できない」と考えるのも当然のことだと思いました。



昨年末に、パレスチナ・オリーブさんが発行する機関誌「ぜいとぅーん」第75号(2023年12月15日発行)が届きました。

こちらでは、10月7日以降のパレスチナ側の状況が詳しく書かれていて、読んでいて悲しい気持ちになりました。

わたしは学生の頃からパレスチナ・オリーブ代表の皆川万葉さんの活動を応援しているのですが、皆川さんのルポを読んで思うのは、「共存」を願っている人々は必ずいるということです。


パレスチナ・オリーブさんが取引している「ガリラヤのシンディアナ」は、アラブ・パレスチナ女性とユダヤ女性がともに運営しています。地道な活動を三十年続けている団体です。

ハマースが目立ちすぎているせいで、全パレスチナ人がユダヤ人絶滅をのぞんでいるかのように見えてしまいますが、決してそうではないということです。


そうは言っても、イスラエル領内でのユダヤ人によるパレスチナ人に対するヘイトクライムは頻発しているし、イスラエル企業によるパレスチナ人労働者の解雇も急増しているそうです。


いくら「共存」をのぞむ人々が地道な活動をしても、こういう平和な運動は暴力に弱く、憎悪が憎悪を生むのだと思い知らされ、無力感しかないです。


2024/04/01 20:37

佐久田さん
佐久田さん、『ふきのとう日誌』完結おめでとうございます!

毎回、楽しみに読んでいました^^


第94話~第95話で取り上げておられた『見えない未来を変える「いま」』、とても興味をひかれたので、いま実際に読んでいるところです。

面白い本のご紹介をどうもありがとうございます!


奴隷制についての話題で、佐久田さんも引用されていた「道徳心に満ちた異端者」が社会を変える原動力となるという考察は、なるほどと思いました。

プラトンやアリストテレスやカントのような道徳的に優れた人物が、奴隷制に賛成の立場であったというのも、社会秩序の維持を善と考えるのならば、ごく自然なことなのですよね。

ベンジャミン・レイの方が社会秩序を乱す行動をしているので、教会から追放されてしまっています。


それにしても、初期の奴隷解放論者や初期のフェミニストたちのほとんどは、自分が人生をささげた運動の成果を見ないまま死んでいて、彼ら・彼女らの活動が実を結ぶのはずっと未来になってからなので、そんな先を見すえて活動をし続けたというのはすごいことだなとあらためて思いました。


現代でも、児童労働含め奴隷的労働自体はなくならないです(過労死するような働き方は奴隷的労働ですよね)が、少なくとも、奴隷的労働は悪であるという認識が社会の常識となった、道徳がアップデートされたというのは、人類は進歩しているのだなと感じますね。



つづく、生物兵器についての話題も興味深かったです。

生物兵器の脅威をアピールすることは、規制強化したいという意図に反して、むしろ悪意ある人々の欲望を刺激する結果となるという考察が驚きでした。

第一次世界大戦後に生物・化学兵器を規制する国際条約が作成されたことで、「生物・化学兵器は国連が認めるほど危険=戦略的に有効」と日本軍の上層部に印象付ける結果となり、むしろ生物兵器の研究が推し進められたというエピソードには、もうため息しか出ません。


社会の回復力(レジリエンス、立ち直る力)についての話題は、自然災害からの復興という意味でも身近なテーマで、未来に希望が持てるものでした。

広島、長崎の原爆被害からの回復力というのは、言われてみるとたしかに驚異的なスピード回復だなと思いました。


時事的な話題をいろいろ取り上げている本で、話し出すと止まらないですね。

引きつづき、読み進めたいと思います。

佐久田さんのほかの章のご感想も聞かせてくださいね!


『ふきのとう日誌』は完結ということですが、佐久田さんは、日常の何気ない話題を面白く読ませる天性の筆力があると常々思っています^^

また佐久田さんの日常もの、エッセイを楽しみにしています!


2024/03/11 21:29

桐乃さん

桐乃さん、お忙しいなかで『ドリームキャッチャー』を読んでくださり、どうもありがとうございます!


おお、桐乃さんも夢を覚えている方なんですね。

わたしもカラー映像の夢で、逆にモノクロの夢は見たことがないですね。

わたしの場合、音(効果音や音楽)がついている夢もあって、文字通り映画を見ているようだなと思っています。

後から思い返すとストーリーにつじつまが合わないところがあるので、そこが本物の映画と違うところですね。


夢の中で流れる音楽って、記憶の中の音楽から再構成しているのでしょうか。脳って不思議ですねえ。

また夢の話を『ドリームキャッチャー』として、書きたいと思います。


桐乃さんが良い夢をみられますように^^


2024/02/21 21:31

南ノさん

南ノさん、『林檎が丘読書クラブ』と『ぎゃらりい熊四手』をお読みいただき、どうもありがとうございます!


『真夜中の子供たち』は、噛めば噛むほど味が出るスルメのような作品だと思います。

あれはどんな意味? これはどんな意味? と考え出せばきりがなくて、その上、解釈は読者にゆだねる系小説ではなく、作者があらかじめ答えを本文に書き込んでくれているので、本当に緻密に練られた物語だなと驚嘆です。


読書会のメンバーは、皆さんそれぞれ人生経験があって、好みのジャンルや得意とする分野が違うので、わたしもいつも教えてもらっています。


10年ほど前の読書会で『百年の孤独』を取り上げたのですが、そのときは今回の『真夜中の子供たち』ほど、トークが盛り上がらなかったのです。

最後まで読み通したけど、文字を目で追っただけと言いますか……

わたしも含めて、読書会のメンバーみんな、回を重ねる毎に読書力(文章の内容や構成を理解する力)が磨かれてきているので、いま『百年の孤独』を読めば、もっともっと深い分かち合いができるのではと思ったりしています。



『ぎゃらりい熊四手』でご紹介しているダニーは、わたしが好きで集めたものです。一部、夫が購入したものもあるので、この先登場するかもしれません^^

3インチのダニーだけでなく、大きいサイズのダニーや、香港のToy2R社のQeeシリーズもそのうちご紹介できたらと思っています。


予期せぬトラブルにより、無駄に引っ越しとリフォームを繰り返すことになって、新居の内装を整えるのが遅れていたのですが、昨年の12月後半にようやくUSMハラーの飾り棚を設置することができました。

そこだけ見ると、ちょっとしたお店のようなんです!

それで、今まで仕舞っていた箱から取り出して、少しずつ飾り始めているところです。

そうそう、ブッコローのぬいぐるみも飾っていますよ~^^


わたしの趣味全開の記事におつきあいいただき、どうもありがとうございます!!


2024/02/19 22:44

ドリームキャッチャー1

わたしは朝起きたとき、夢の内容を覚えていることが多いです。

夢の話をすると、夫は自分が見た夢の内容を覚えていないと言います。


夢というのは、脳が睡眠中に断片的な記憶を整理しているのだそうです。

脳がディスクデフラグしているのですね。

なので、悪夢でも良い夢でも、そこに意味を見出すのは不毛なことなのだとか。


とは言え、悪夢を見ると、どうしてだろうとつい考えてしまいますよね。

ネイティブ・アメリカンの文化で、ドリームキャッチャーは悪夢から守ってくれるお守りです。

「ドリームキャッチャー」と題して、網目に引っかかった夢を書き留めておきます。



ーーーーーーーーーーーーー



三人称視点、映画を見ているような夢。(自分は登場しない)


ある獣医師のもとに見知らぬ少年が来る。少年は慌てている。

少年はじつは犬。

犬が人間に変身していたのだった。ライカンスロープではなく、完全な人化。

一緒に連れられて、獣医師は少年の家へ行く。

そこには飼い主夫婦が住んでいた。

家の中に入ると、老夫婦は二人ともすでに死んでいた。

死因は外的なもの。首を切られた?

気が付くと少年の姿も消えていた。犬に戻った?

獣医師は病院に戻り、友人の警察官に連絡する。

それから遺体を思い出して、ひどく嘔吐する。

【暗転】


朝起きて鏡を見ると、眉間にしわがくっきり。

今夜は良い夢を見たい。


南ノさん

南ノさん、昨夜お送りしたお手紙に誤字がありましたので、先ほど訂正しました。急いで送ろうと思ってうっかりしておりました……

誤 エブリイマジック

正 エブリデイマジック


everyday magicというのは、主に児童文学で使われる用語です。

『魔女の宅急便』のような、現実の日常生活に魔法や超自然的存在が出てくる物語を指しています。


magic realismまたはmagical realismと言えば、たしかにガルシア・マルケスなどのラテンアメリカ文学が代表的ですよね。

英語文学では、『真夜中の子供たち』のサルマン・ラシュディがマジックリアリズムの作家だそうです。

日本文学では「村上春樹がこのジャンルの最も重要な作家の一人」と英語wikiにも書いてありました。

中国語文学では莫言だそうで、他に著名な作家ではポーランドのオルガ・トカルチュク、チェコ出身のミラン・クンデラなどが挙げられます。


現実的な要素と魔法的な要素の融合がマジックリアリズムですが、異世界ファンタジーと大きく違う点は、作者が主題とする内容はあくまでも現実だということです。

現実について何かしら伝えるために魔法の要素を使用していると言えるのだそうです。


南ノさん、学生時代に村上春樹をよく読んでいらしたのですね! 講評のお三方、じつは見抜いていたんですかね!? すごい!!

創作秘話を教えてくださり、どうもありがとうございます!!


村上春樹の作品には、夢や無意識、精神分析などのモチーフが使われているので、シュルレアリスム寄りのマジックリアリズムと言えるのではないかと、勝手ながら思っています^^


2024/02/14 23:18

『林檎が丘読書クラブ』更新しました

NOVEL DAYSで連載中の『林檎が丘読書クラブ』を更新しました。

今回の課題図書は、サルマン・ラシュディの『真夜中の子供たち』です。

『真夜中の子供たち』編は全4話で完結、おまけとして次回予告が1話あります。


長編なので、あらすじと登場人物をまとめるのがとても大変でした。

(wikiよりも詳しいあらすじです)

成瀬川さんから励ましていただき、1か月以上かかってようやく公開することができました。

1960年代のインドとパキスタンの地図も掲載しているので、作品理解の助けになると思います。


この作品、読み通す(目で字を追う)だけでもかなり時間を要するのですが、書かれている内容をきちんと理解するのはもっと難しい……

今回の読書会記録が、これから同じ本を読もうとしているみなさまのお役に立てればさいわいです。


2024/02/09 20:26

こんばんは、mikaさん。

僕はmikaさんのチャットノベル好きです。丁寧な作り込みがホームメイドパイのような味わいを感じます。

『林檎が丘読書クラブ』はやっぱりチャットノベルだから読みやすいのがポイントで。

僕、ドストエフスキーをポリフォニーで考えた場合、一番強く特徴が出ているのは『未成年』で、その次に『白痴』だと思うのです。特に『未成年』なんて、あらすじ覚えているひと少ないと思うのですよね。なのに、あの独特の会話文は翻訳を僕が読んでも、バフチンが言いたかったのはこれだ、ってのがダイレクトに伝わる。それは伝わるけど、読み物として難しい。そこがチャットノベルだと親切に伝わるな、と。

ポリフォニーの説明はmikaさんが前にここに書いていた通りだと僕も思います。偶然そうなってしまったのはもう、作品は作者を超えることが往々にあるので。面白いなぁ、とこれからも期待しています!!

2024/01/31 19:25

成瀬川さん
成瀬川さん、『早退届』の「第438話 チャットノベルをつくるときには。」で、『林檎が丘読書クラブ』を取り上げてくださり、どうもありがとうございます!!

とてもびっくりしましたよ。


「チャットノベルの〈可能性〉を見ている」とのお言葉を寄せてくださり、うれしい気持ちでいっぱいです!!


『林檎が丘読書クラブ』は、次の「真夜中の子供たち」篇を制作中ですので、引きつづきお楽しみいただけましたら、さいわいです。


近々、山形の講座へ行かれる予定なんですよね。

成瀬川さんにとって実りの多い時間となりますように^^


2024/01/25 21:51

「バイブル・スタディ・コーヒー」更新しました

NOVEL DAYSで連載中の「バイブル・スタディ・コーヒー ~スラスラ読める! 聖書入門」を約1年半ぶりに更新しました。

最新話のテーマは、「ヤコブの子供たち」です。


ヤコブがラケルとレアをめとった話のつづきとなります。

今回の話のために、ヤコブ・ファミリーの人物関係図(家系図)を作成したのですが、なんと妻が4人、息子が12人、娘が1人という大家族なので、1枚の画像にまとめるのに苦心しました。

このヤコブの12人の息子たちが、やがてイスラエル十二部族の祖となっていくというストーリーです。

お時間のありますときに見ていただけましたら、さいわいです。



二人の妻が競い合うように次々と子供を産んでいき、死にもの狂いの争いを繰り広げる話は、わたしも女性ですので、読んでいて辛いものがあります。

息子を産むたびに「今度こそ……」「今度こそ……」と夫の愛を求めるレアの姿が痛ましいです。


ラケルだって、夫から一心に愛されているのだから、それで満足すればいいのではと思うのですが、こう言えるのも現代社会だからなのでしょうね。

古代社会にあっては、いくら夫の愛があっても子供がいなければ意味がなく、「わたしは死にます」と言うほど思いつめるものなのでしょう。



アフリカ諸国に関する最新の研究によると、一夫多妻制下における妻同士の競争関係が出生率上昇につながり得ることが明らかになっているそうです。(2019年の論文)


一夫多妻制と出生率との関係は、人口学においても人類学においても、さまざまな議論がされてきました。

これまでの定説は、

定説1:妻同士のライバル関係が出生率上昇をもたらす(合理的選択)

定説2:複数の妻がいる場合、一人の妻に対して夫との性交渉の頻度が自然と少なくなるため、出生率低下につながる(自然効果)

定説3:女性のエンパワメント(女性が教育を受け、性と生殖に関する知識や意思決定権を持つこと)が出生率低下につながる


定説1と定説2は矛盾していますが、どちらも的を得ていますよね。

今回の話で言えば、レアとラケルのライバル関係(定説1)が当てはまります。

レアは夫ヤコブから嫌われていたので、夫と共寝する頻度がラケルと比べて極端に少ないはずです。

そのため自然効果(定説2)によりレアの方が産む子供の数が少なくなるというのが人口学の論理ですが、実際にはレアの方が子供をたくさん産んでいますね。

これが自然ではあり得ないことなので、神のお計らい、奇跡、祝福と言えるわけです。


また一般的に、途上国の女性がエンパワメントすれば少子化になると考えられてきましたが、実はそうでもないと言うことが、最新の研究では分かってきたそうです。

一夫一婦関係にある女性の完結出生児数と一夫多妻制下にある女性の完結出生児数を比較すると、約30年前は一夫多妻制下の方が少ない(定説2が当てはまる)ですが、この30年の間に数字が逆転し、現在は一夫多妻制下の女性の方が完結出生児数が多くなっているのだとか。


一夫多妻制下では、女性の教育水準が高く妊娠と出産に関する知識や意思決定権が強いほど、妻同士の競争関係が良い意味で作用し、出生率上昇につながる結果になっているそうです。

つまり、性と生殖に関する意思決定権が夫にある場合は、一夫多妻制下においても、自然効果によって少子化になるということです。(30年前の数字が裏付け)


今回の話で言うと、もし神がレアを顧みなかったとしたら、ヤコブが愛したラケルはもともと妊娠しにくい体質だったわけですから、一人も子供が生まれなかったという可能性も十分あり得るわけですね。

うーん、興味深いですね。


参照:

日本貿易振興機構アジア経済研究所『IDE スクエアー途上国研究の最先端』(2020年)より


2024/01/22 22:01

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ロシア文学が大好きです。 2012年2月からロシア語を勉強しています。

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