だいたい世界征服

なんか久々に創作の話ですが、やっぱGWで世間の方々が休暇に入ったおかげで、今日は業務の合間に、2時間くらいプロットを考える時間をひねり出せました。


ぼくの作品というのは、原則としてだいたい世界征服です。世界革命とか、日本転覆とか、とにかく既存の世界を征服し支配し再構築するようなものを基本にしています。世界を救うでも破壊し尽くすでも、自分はどっちでもいいですね。救うほどの価値はない気もしつつ、かといって別に救っておいても大して損するわけでもなし、救う過程で良いポジション取りができるならアリでもいいんじゃないかな。

手段は金融とか政治とかその時々で色々あるわけですが、基本は現代社会・現実に近い社会における世界征服です。じゃないとちっとも面白くないでしょ、主にぼくが!


ただし、いつも唯一困ることがあります。主人公たちの動機づけです。もしかしたらここでも一度か二度ほど書いたかもしれません。


一度主人公たちを社会に出してしまえば、そこからは何だって出来るんですよ。どんな方向でも、カネだろうが権力だろうが戦争だろうがそこからは幾らでも大丈夫。

唯一の問題は主人公たちがなぜ世界に立ち向かうかという動機の部分で、ここだけは、どうやっても大多数の共感を得にくいんですね。とくに若い人たちはマイルドに生きるのを良しとしている風潮があるため、「なんでそんなに頑張らなくちゃならんの?」という風になってしまいます。ますます努力から遠ざかる世間に対して、壮大な計画を持つ主人公たちを溶け込ませる必要があります。

毎度これには頭を悩ませてしまっていますが、今回まとめなくてはならないのはいつにも増して壮大なお話なので、「いやいや主人公はなぜそんなことするんですか」という疑問よりもっとずっと上の部分をクリアせねばならず、それだけに2時間を費やしたのですが適切な解答には至らず。

いや世界を支配するとか当たり前でしょ(真顔)、なんていうのはぼくだけであって、一般の方々はぼくじゃないですからね。

対応事項が多すぎて忙しいというより嬉しいかもです。

最近は事業の仕込みなどしており、これがまた楽しいんですよね。ここ数年くらいは事業への興味が薄れていましたが、最近それが急に復活して、喜々として方々に顔を出しまくっています。まるで二十歳前後だった頃の自分に戻ったようで、あの頃はこんなにも楽しい日々を毎日過ごしていたのかとしみじみ感じます。


子どものころは、新しいファミコンゲームを買ったら、朝5時とかにパッと目が覚めてゲームに没頭したものです。先日は、仕事が待ち遠しくて同じように早朝目覚めてしまい、びっくりしましたね。主に自分が自分で思っていたよりずっと異常なのではないかとびっくりしたということです。

登記のおしごと

この忙しい最中、登記事項があったので書類を抱えて法務局へ。


なかなか複雑な登記事項のため、自分でも一度で受け付けてもらえる自信がなく、まずは担当官にチェックしてもらう。微修正の指摘を受けて、すぐさまノートパソコンで書類を整え直し、近場で修正ポイントをプリントアウトして再度法務局へ。


二回目も、念には念をと、別の担当官に書類をチェックしてもらう。「良い出来です」というお答え。いやしかし、自分も微妙に気になっている点があり、こちらから質問を繰り返すも、「大丈夫」ということらしい。

肩の荷が下りた気分になり、机を借りて捺印し、印紙を購入して準備を整える。なんと印紙代は30万円以上である。切手みたいな薄っぺらい紙と引換に、30数万円分の購買力を国に取られてしまうのかと思うと毎度毎度うんざりである。


法務局と関わるたびに思うのだが、担当官ごとにクセや得意分野が様々で、法律を扱っているわりに、地味に統一性がないように思う。政府が次々と立法を繰り返したり、法務省が微妙に手続きを変えたりしていくためだろう。


印紙を貼り付けて、担当官に渡して最後のチェック。三回目の確認だ。問題ないとの心強いお返事。

受理をしてもらい、ようやく事務作業が一つ終わったと思ってアポイントへ急ぐ。


さて、頭はすっかり日常の仕事モード。

ちょうど打合せを終えて駅へ向かうところ、電話が入る。どうせ証券会社か銀行の営業だろうと思って電話に出ると、法務局から。

提出した書類に不備があったらしい。いやちょっと待ってほしい……というのは法務官に向かっては無意味なことである。

とにかく、クラクラしました。びっしり入った仕事の合間に事務作業が入るだけでも困るのに、なんでまた九段下のあそこまで行かなくてはならないのか。



つくづく思うが日本のこうしたシステムは何なんですかね。

もっとITシステムを活用できることばかりだし、そもそも印鑑制度とかおかしいし、もう圧倒的に効率化できる余地があるはず。

そりゃあもう立ち後れていくばかりなわけですよ。しょうがないですね。

たぶん大丈夫です。

昨日に続き、今日も法務局へ……。

補正窓口に直行し、追加の書類を提出する。しかし受け取ってくれた担当官の方も自信がないようで、書類を持って他の法務官に確認するため席を立つ。

しばらく手持ち無沙汰で待つと、担当官の方が戻ってきて、書類の文面に追加や削除の指示。指示を聞いて、ぼくも「なるほど、そうすべきですね」と応じる。かなりの追加文字、削除文字があったものの、とりあえずOKとのこと。

「もう来なくても大丈夫っすよね!?」と切実に念押しすると、「たぶん大丈夫です」とのお答え。「たぶん」とは何なのか。不安しかないが、それでもこちらは待つしかない。数日中は憂鬱な気分で電話を待ち構えていなくてはならないようだ。



こういう登記の仕事って、普通はうちくらいの会社だと司法書士に丸投げなんですが、うちは特殊で、ぼくが全部やるスタイルです(※不動産登記だけは、不動産会社の指定司法書士を使わなくてはならない場合が多いですが)。

良くも悪くもですが上から下までぼくは何でもしますよ。これは性分なので、バカげていると言われればバカで結構です。軽輩に見られますが実際のところ軽輩です。


何か実施するときはいつも、「まず自分で出来ないか」を第一に考えます。

たとえば、何かの団体に参加しなくてはならない事情があったときには、「じゃあその団体は自分でやれないのか」というのが最初の出発点です。高価なものを購入しなくてはならないときは、自分で作れないかとか、海外にOEMで発注したら商売になるのでは、とか。


さらに具体例だと、「もう既存小説レーベルは全然ダメだ。ネット小説を経験しないと現場の実情はわからない」という場合、カクヨムや小説家になろうでぼくが書くわけがない。「じゃあ、うちの会社でやります」という発想でトークメーカーになりました。


登記もそうで、そりゃ司法書士に投げればいいんですが、結局ですね、今ぼくがやっている件では、司法書士だって書類を戻される可能性が高く、そのたびに司法書士を挟む形でぼくに様々な書類追加や修正を求められるわけです。だったら自分でやったほうがいいし、この手の書類はどうせ慣れているのだから、やりますよという話。

それにですね、こうした業務を丸投げしているだけでは、実地の空気感というのは中々わからないものなんです。いかにそのシステムが非効率か、腐敗しているか、どこをどう改善できるか、今後の日本はどのような点で立ち遅れるから自分はどのように回避しなくてはならないのか、実際に経験を積まないと本当のところはわからないと思うのですよ。ぼくが小説を書けるのも、毎日現場に居座ってのそうした経験の積み重ねがあるからです。

書き込み空いたので今日一日を切り出してみます。

出張のため朝は仙台にいまして、クライアントさんと打合せ。新幹線で資料整理など。

11時半くらいに東京に戻り、東京駅の喫茶店に駆け込んでメールやスマホで各所に連絡など。

タクシーで銀行へ急ぎ13時ちょい過ぎに用件終わり。

九段下に移動し、13時40分ころ法務局へ。前の法務局の書き込みから記述が空いたので、法務局に通い詰めのように見えるけどそんなことはなく、たまたまです。今回は印紙代31万円(登記2つ分)が吹き飛ぶ。なんでいつもこんな紙切れと購買力を交換しないとならないんだろうなぁ?

15時にクライアントさんのところに移動して打合せ。

18時30分にもクライアントさんのところに移動して短いミーティング。

20時に喫茶店に入りメールで各所に連絡。

そして今(21時ちょい過ぎ)に至り、一息ついたのでこんな書き込みをしています。

今日も一日普通でした。

夜から少々調査事項があるので、戻って対応します。


一見、忙しいように見えるかもしれませんがそんなことはなく、ぼくと同レベルに忙しい人をぼくは知っているし、寝る時間も削って働いている人や研究している人もいるでしょう。自分はとりあえず寝ているだけマシです(仕事がら深夜対応があるので不規則な日も結構ありますけどね)。目覚めてから寝るまでずっと仕事ですが、遊びみたいなものでもあるっすよ。

それに自分は不思議なことに、多忙なほど活力が漲るタイプで、今日はまぁまぁな感じです。体力かなりあるんだと思います。


ただ、活力が生まれるのはいいんですが、創作の時間がなくなってしまっているのも考えもので、前は一日3時間とか定期的に創作に当てる時間ができていたのに、最近はちょっと無理なんですよね。自分的には、そこまでしないと画竜点睛を欠くんですよね。

なぜか執筆依頼は定期的に色々あるっすよ。こんなぼくに、なぜなのかなぁ? でも自分の対応時間が……。

ポエムは読んでも仕方ない

うちの会社ページにCEOブログなんてリンクが掲載され、こんな適当なブログでいいんだろうかと思ってます。

ビジネスにまったく役に立つ情報なんかありませんけどね。会社のことをPRする意思もないし。

他の企業さんでもCEOブログちょくちょくありますけど、自分はまともに読んだこともないし、興味もないですね。理念を語られたって困るし、ポエムを読んでも仕方ない。

いいですか皆さん、ぼくも折に触れてお伝えしてきましたが、他人様のビジネス語りも、ベストセラーのビジネス書なんてものも、本当は大したこと書いてないですよ。20代のころ、結構な数のビジネス書のゴーストを担当したぼくが言うんだから間違いない。

まぁそんなわけで、CEOブログなんていう読み物は時間の無駄です。会社のリンクから来たみなさん、誠に申し訳ありませんが、何の役にも立ちませんし、弊社のことを知る手がかりにすらならないでしょう。


ということで、引き続き自分の無意味な日記帳として使います。

多忙なように見えて、コツコツと創作活動もしています。小説執筆は、なぜか依頼がちょくちょく舞い込むのですが、時間がかなり限られてきていて、リアルタイムに対応できないんですよね。

最近はマンガ原作のほうに取り組ませてもらっていまして、自分の経験や知識をお伝えするのが主であり、これは小説ほど時間が取られないので対応がやりやすいです。それに漫画家さんが有能だと、ぼくもやる気になりますしね。


本業のほうも色々やっているのですが、ぶっちゃけ何が本業なのかわからないほど手を出しているのですが、どれも面白いのでやめることができません。子供のころにファミコンの止め時がわからなかったようなことが、こんな大人になっても続いているだなんて、出来の悪い大人だなと思います。

ILLUSTDAYSオープンβ

シンプルイラストポートフォリオ『ILLUSTDAYS』、本日からオープンβです!

https://illust.daysneo.com/


ILLUSTDAYSの講談社はクリエイターを育ててくれる会社ですし、そもそもぼくは自分自身がクリエイターです。そんじょそこらのIT企業とは違って、ぼくらは本当にクリエイターと一緒に色々なことをやりたいと思ってます。だから、こうしたサービスを立ち上げました。

なんだかんだいっても、ぼくも小説家としては講談社デビューでしたし、今まで出してきた書籍の半分は講談社系列で、講談社は本当にクリエイターにとって良い会社だということを肌身で知っていますよ。


これから、ILLUSTDAYSは大事に育てていきたいと思ってます。

いちクリエイターとして、皆さんと一緒に成長していきたいと思ってます。世の中がどうなろうが、ぼくらはずっと創作を続ける仲間っす。よろしければクリエイターの皆さん、もしぼくを出版社のパーティーなどで見かけたら、遠慮なく気軽に声をかけてみてください。

だらだら行こう

古なじみの業界経営者の会合に参加してきました。時間がないのでこういう場所に顔を出すのは本当に久方ぶりなのですが、たまに出席すると興味深いものです。

成功してる経営者たちに囲まれていつも感じるのは、自分はなんか違うなー、という場違い感ですかね。みんなビジネスビジネスしていて、ザ・経営者って感じです。


多方面に手を出す自分は半端者だなぁとも思います。部隊の指揮を執るよりも、自分で一番槍を獲りにいくタイプかなとも思うので、経営の仕事はたぶん向いてない。そもそも今日会合に参加していた経営者のなかで、ぼくみたいに現場に張り付いている人間は他にいないはず。

ただ、向いていないなりに、自分にマッチしたやり方が見つかってきたような気がしていて、これはこれでいいのかなと思っています。


野心が燃え滾っていたころは、そりゃぼくとて事業拡張に熱心でした。でも、たぶんですね、事業だけをどこまで拡張したとしても、それで世界は変えられないと思うっすよ。ということは、そこを追求しても、行き着いた場所には何も待っていないのではないか。


自分は100歳まで現場に張り付く方針でして、食のスタイルが今のものになってから、身心共に、万全の状態になっています。脳も衰えないだろうし、体調も維持できるし、体力はかつてないほど旺盛だし、病気や認知症にはならないでしょうね。

ということは、あと60年くらいは現場でやるわけです。いま自分、20歳手前で会社を創業してから経営者歴20年そこそこです。ということは、まだ今までの3倍以上は現役寿命が残っている計算になります。こうして考えてみると、息をのむような時間が有り余っていて、なんか自分、その気になれば世界征服もできるんじゃないかという気持ちにすらなってきますね(世界征服したいという意味ではない)。

だからこそ別に焦らず、まだまだヒヨッコなのだと心得て、自分のスタイルを定着させることに取り組んでいきたいと思います。

1000万値上げします。

最近ホント冗談みたいに都心物件高いな、コレいったい誰が買うんだろうと思いながら、不動産サイトを眺めておりました。買うわけない価格なのですが、相場観を維持するために月1くらいでチェックするわけです。


そしたらですよ、ごく最近4000万円近くで手放したばかりの区分所有の一つが、およそ1000万円値上げされ、販売されておりました(特定されるので値段はかなりボヤかしています)。

「……は?」ですよね。びっくりです。自分も数年暮らした部屋がこんなことになっていて、感慨深いというか興味深いです。


いや、当方が手放した値段も、結構な高値だったはずなんです。しかも、つい最近。

ぼくが目にしているのは超ミクロ視点ですけれども、こいういうのはさすがに続かないでしょうね。


自分の予想では2019~2020年頃には市場は崩壊するのではないかと思うのですが、しかしこうしたものは慣性が働くので、2021年か2022年か、タイミングを断定して臨むのは良い投資家とは言えないでしょうね。

さらに言えば、アメリカ中心の国際金融市場が先に行くか、中国がおかしくなるか、それとも日本財政や市場のほうが先になるのか、どこがキッカケかはわかりません。次はもうリーマン危機のように当局が手当できるレベルではないと踏んでおり、さらに大きな事態に発展するのではないかと考えています。主流の経済学者の方々はもっとマイルドな軟着陸を考えているようですが、金融当局者や各国政治家の方々がこれを裏でつぎはぎして軟着陸させられたら(表には出ないでしょうが)それは人類史に残していい極めて偉大な業績です。

続・1000万値上げします。

なぜか知り合いから多々反響のあった『1000万値上げします。』の続きを、皆が色々言うので、ちょっと頑張って書いてみます。


簡単に経緯から説明しますね。

この区分所有は1LDKです。都心の交通の便が良い場所にあり、自分も2年ほど住んで重宝しました。まずまず新しい物件です。


この物件をぼくが最初に掴んだのは、東日本大震災の数日後です。大震災のニュースで世間は一色に染まり、不動産がまったく動かなくなったタイミングがありました。商業活動の自粛ムードも強烈であり、世間は凍り付いていました。

でも自分は、地盤良好な場所で、RCの新しい造り、建築会社が販売にも何らかの形でコミットした物件であれば、直下地震が来てもまったく問題ないと踏んでいて、「不動産市場が止まった今こそが買い」と思って色々な物件を懸命に物色してみました。ぼくが不動産を購入する際にとくに重視しているデータは、関東大震災の震度表および被害状況です。実に優れて地盤の優劣を描き出しています。


とにもかくにも、自分基準を満たしたものの一つが、この物件でした。

大震災のニュースのなかで買い付け申し込みを入れまして、ほぼほぼこちらの指値に近いところで購入することができました。3500くらいですね。


そして、ぼくが2年ほど住みまして、その後に別のところに物件を買ったので自分はそちらに移動し、こちらは賃貸に出しました。5~6年くらい賃貸で運用したんですかね。ちゃんと計算していませんが、賃料収入はたぶん1000近くあったように思われます。ただ、個人的に家賃が2年分浮いたことによるプラス、管理費や固定資産税を支払ったマイナスがあるので、運用益はこの通りではありませんけれども。


そうこうしていて、この都心だけ加熱した不動産相場になり、つい最近、今回4000近くでお譲りすることができました。大変ありがたい限りで、お相手様には感謝ばかりです。

売却しようと思ったのには何一つ深い理由はなく、「この辺が相場の頭だから一つ売っとくか~」くらいのノリで、別に売れなくてもいいと思っていたら即売れたものです。

そして今回、これが5000で転売されているということになります。このこと自体は、何ら不快などではなく、むしろ良い取引につながってほしいと感じています。企業相手だと無理筋ですが、たしかに一般の方々相手なら売れないこともないのかなという気もいたします。



閑話休題。

当方が売却したときには、クリーニングだけ入れて、何もない状態で売却させていただきました。

これが今回の転売においては、部屋のなかが大変すばらしく飾り付けられており、美しい家具なども適切に配置され、入居後のイメージが即思い浮かべられるような売り出し方になっているようです。

この違いはとても興味深く、少し考えを深めてみたいと思います。


飾り付けは、明らかに、女性層のみをターゲットに絞り込んだ販売手法となっています。たしかに女性にとって魅力的に映るような家具や絵画が整えられています。

自分が思うところ、男女の脳構造は完全に別物であり、別の生命体といってもそれほど大げさではなく、この点に言及してみたいと思います。


男なら、将来の需要とか、他物件との比較、収益還元法などを持ち出して、あらゆる角度から理屈をこねまわし、ようやく自分を納得させることができた段階において、価格交渉などの末に購入に至るはずです。

しかし女性は感性や直感を大切にしますから、入居後の暮らしのイメージなどを思い描くことに重きを置いており、相場としてそれがどうなのかということは二の次の場合が多いのではないかと推察いたします。


通常、女性は身の回りのことをくまなく見ておりますし、いま目の前にある生活のことに対する注意とか、ごく身近な人との間での協調性などが重視されるために、こうした理屈面での投資戦略はあまりお得意ではないのかなと思っております。女性は毎日の暮らしや、日々の会計をお任せするには非常に能力が高いと思われます。FX投資などは、日本女性が「ミセスワタナベ」などとされ固有名詞化されていますが、毎日変動する為替などの目先の取引にこそ、女性が向いている一つの証でもあるのかなと考えます。

一方で男性は、大して身の回りのことに注目しない傾向があり、周りの視線なども気にならず、ずぼらなタイプも多いですが、概して中長期の視点でものを見ていますので、この手の投資については男性のほうが適しているのではないかと考えるところです。男はロマンチストであるがため、夢や理想など遠大なほうにしか目がいっておらず、目先や周囲のことは半ばどうでもいいと考える傾向がありそうです。


ならばこそ、です。

言葉は悪いですが、こうした大口の出費を促す相手として、男性は騙せないのです。そして女性は、この手の大きな案件においては購買につなげやすいお相手様でもあります。高額商品のメインターゲットは基本的に女性ですが、女性にしか買ってもらえないからです。


これまた超身近な例を挙げますと、妹夫婦さまがなかなかの物件を購入しています。

やはり購入を決めたのは妹のほうでした。ぼくは、「今はやめたほうがいい。自分が適切な物件を見つけるから」と何度も伝えたのですが、購買に踏み切ってしまったのです。物件自体は良いものなので、購入価格はそこまで悪くもなく、相場下落時も大きく購買価格を割り込むことは(たぶん)なさそうであるため、事なきを得たとも言えます。ただ、これは単にちょっとしたラッキーだっただけで、大きく損はしないが、そこまで得もしないという普通以下の取引だったと思います。

自分ならばちゃんと投資として十分に見合うものを選定してあげることができたのではないかとも思っております。

この例を考えてみても、女性がいったん高額商品に感性が動かされてしまえば、ごく身近な女性にすら何を説明しても無駄骨になります。


こうした場合に、問題の主軸を占めるのが、何千万円の住宅ローンという、人生に大きな楔を打ち込む債務です。ぼくの場合には法人での売買が主なので住宅ローン関係ありませんけれども、多くの方は住宅ローンが必要になるのではないでしょうか。そして夫婦においては、購入を決めるのは妻のほうでも、その住宅ローンを背負わされるのは夫のほうであるわけです。誠に背筋が凍り付く話で、恐ろしいことだと思います。


ここで穿った見方をさせていただきますと、セロトニンが適正に生産できず不安心理が増幅されがちな女性の方々は、その不安心理を解消する一つの重要な手段として、心の奥底では損かもしれないとわかっている住宅ローンという檻のなかに、パートナー男性を閉じ込めて二度と出られないようにしてしまうのではないか……などと愚考してしまうぼくは世の女性に対して申し訳なく、女性の方々に謝罪し、切腹する準備ができています。

なんとも悲哀に満ちている話だとも思いますが、たぶんそれが、この日本という国においてそこかしこで日常的に繰り広げられている普通の人生ドラマなのかもしれませんね。

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