創作論

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トークメーカー座談会の至道先生と架神先生の話を聞いて考え、実践した「面白い話を作る方法」

「面白い話」……と簡単に言っても、表現する選択肢は無限にあるので、「何を表現したら良いのかわからない」という壁にぶつかる。
自分の場合は新木先生、三木先生、K先生のWeb作家座談会で「最低条件」を提示されたから、その条件に当てはまる自分の「面白い」をぶつけた。
しかしその前提としてあったのが、至道先生の「稀な人生経験があれば本は読まなくても良い」「たとえば実用書を一本、小説化してみる」と、架神先生の「自分の感じた創作からのエネルギーを、そのまま読者に伝える」ということ(要約)

この2つは次のことを意味する。

①「面白い物」という概念は、創作にかぎらずあらゆる世界に散りばめられているということ
②創作の世界でも無限の「面白い物」が溢れており、感動(感情が動く仕組み)を別の方法再現することができればそれは「オリジナル」だということ。


自分が行動して、生きていて遭遇したあらゆることが創作の糧だということ。
たとえば空を見て「晴れやかで心地よい」と感じたなら、それを表現すれば文学になる。
それを読者に伝えるということで、それは作品になりえる。
もちろんどうでもいいことを表現したところで、読者を感動させられなければ意味はない。
しかし細かなことにでも感動の芽はあるのだと感度は高めておくべきだろう。
芽さえ見つければ、後は自身でそれを補強して育てあげるだけだとは思う。


同じように、本とは「面白い物」という情報が込められたものだ。
たとえばWikipediaでも読んでいて面白い項目はある。
それらを読んだ時に感じた感情を(面白いに関わらず、気持ち悪いとかでもよい)そのまま読者に伝えたのならば、創作の第一段階は達成していると言えるだろう。


このように物事への感度を高め、「自分というフィルタを通して、感動の質を変化させ、アウトプットする」ということが創作に対してのアクションなのではないだろうか。

2017/11/06 14:11

物語構造「旧日常→非日常⇛新日常」の発展2

非日常から新日常への遷移。
ここに必要なのは事件の解決である。
そこで主人公の日常がどう変わったのか(もしくはどう変わっていないのか)を表現することで、結末となる。
ではそれを簡単にわかりやすく作るにはどうしたらいいかというと、「世界に虐げられる物」と「世界に反逆する物」を作るとわかりやすく作れる。

「世界に虐げられる物」は平たく言えば「不幸になる人」だ。
ここでは仮に「悲劇のヒロイン」と仮称するが、悲劇でなくてもいいし女性でなくてもいい。(ただそういう立ち位置として、わかりやすい呼称をしている)
悪人がいたらそれに虐げられるヒロインでもいいし、悪人がいなくても生贄が必要だとか、ともかく「放っておいたら不幸になる存在」だ。(不幸の価値基準については、納得できる前提を用意できるかにかかっている)

つまり「誰(何)かが(受け手の目線で)不幸になる話(世界)」をまず作れば良い。

そしてそこにヒーローとして主人公を配置すれば完成だ。
主人公はその理不尽な不幸に対して、何らかの対抗手段を持つ、もしくは手に入れる。
そうなれば後はその配置を考えるだけで「物語」が完成するのではないだろうか。

2017/11/05 19:01

物語構造「旧日常→非日常→新日常」の発展1

構造、原理と来たので方法論に移る。
旧日常→非日常⇛新日常の遷移。
そこで最初の矢印に必要なのが、非日常の門である。
異世界へのポータル。
これを担うキャラクターを作るのが手っ取り早いとは思われる。

主人公を非日常の世界へと誘う、そんなキャラクターが出てきたとき、物語は動き出すのかもしれない。

2017/11/04 21:45

物語構造「旧日常→非日常→新日常」の原理

物語は常に予想や期待を反復して行い、それに対して答え合わせを行う形で脳は読み湯進めている。
いわば常に連続で問題を出し続けられているに等しい。

ここからいくと、最初の「旧日常」は前提知識の提示。
その問題がなんのジャンルであるか。
どのような文脈で語られる話であるのかを提示する部分だ。

そして次の「非日常」。
そこに非日常の事件が起きる。
これは問題文そのものであるといえる。
読者に疑問を投げかけ、それに対して読者が想像を膨らませる部分だ。

最後の「新日常」。
解答にあたる部分で、読者に満足感を与える部分。
結論が出てこそのエンタメ物語と言えよう。

これは「三幕構成」の理論の原理であるとも言える。
ちなみに「序破急」は能などのスピードに関する概念なので、物語とはあまり関係ない。

2017/11/03 21:26

と、ここまでは頭の中に整理されていた「創作論の書き方」なんだけれども、さて問題はここからどういった切り口で創作論を分類していくか、ということなのであった。

たとえば「題材選定」から入って「モチベーション」だとかの物語を創る順々に分野としてまとめていくべきか、それともわかりやすいところからまとめていくか……。

まあとりあえずは思いついたところから散文的に書いていくしかないのだけどなー。

と眠れないかったのでこんなことをもんもんと考えているのであった。
ねむーい

2017/11/02 05:26

005
③方法

②を再現するための方法論だ。
これが確立されなければ、実際に使用することができない。
それではいくら構造を分析したところで、意味がない。

どういうことかといえば、たとえば「ギャグ」。
「笑い」は常識とのズレ(スキーマ)が引き起こすとされている。(②構造)
脳内には数種類の感情があり、そのうち笑いは基本的な基幹感情に分類される(ロバート・プラッチクの感情の輪等)。(①原理)
ここまでの知識があったとしても、実践的に「笑い」を生み出すギャグを書く事ができるかというと、そういうわけでもない。
ここを分析していくには、②構造から「スキーマを発生させる話の書き方」を考察する必要がある。
たとえばそこで考えると、常識を定義しつつ言葉の解釈にズレを発生させる……などの方法論へと発展させることができるだろう。

そしてそのような考え方で「実践方法」を提示しなければ、いくら創作について考えを深めたところで創作論にはなりえないのだ。

2017/11/02 05:17

004
②構造

類型分析など。
「これらの物語は面白かった」
「それらの話では、こういうことをしている」
「こんな構造になっている」
という物語の構造を分類したり、解析したりすることだ。

物語という良い研究対象がゴロゴロしているのだから、ここから入るのが手っ取り早いのが間違いない。
ハウツー本でもこの形態が多いだろう。
ただし前述もしたが、構造解析で終わっている創作論に意味は存在しない。
構造を解析したところで、或いは分析したところで、それが正しいかも役に立つかもわからないからだ。
(というか多くのハウツー本では、正確な構造の分析すらまともに出来ておらず、こじつけのようなものが多い。どうしてこう、作家というやつは感性や経験、感情や勘といったものに頼ろうとするのだ)

構造を解析したら、①理論に対して仮説を構築し検証し、その構造解析結果が正しいのかという反証が必要である。
また、①②が正しいことが証明されたとしても、③方法がわからなければそれを実際の創作に活かすことはできない。
よってこの創作論においての「構造」は「入り口」と定義できるかもしれない。

……じゃあ番号を付けるなら1番がふさわしかったのでは?
うわっ、なんてこった。

2017/11/02 05:11

003
創作論はどのような形態であるべきか

大きく分けて、創作論を構築するときは
①理論 → ②構造 → ③方法
の段階が必須であると考える。
きっかけは別にどこでもいい。
主に構造分析から入って、左右に枝葉を広げているのが早いとは思う。

まずは①理論について説明する。

①理論
脳科学、心理学を経た感情起因の論理のこと。
(フロイトさんとかの心理学はあまり信じてはいけないが)

現代に生きる基本教養を持っている人間ならわかっていることだとは思うが、脳に霊魂は詰まっていないし、宇宙の彼方から降り注ぐ神のミラクルパワーの影響も受けていない。
よって、脳の意識・感情はすべて電気信号と化学反応によって起こされているし、昨今の研究では「意思に自己決定権など存在しない」とまでわかっている。
我々は脳の操り人形でしかないのだ。

脳と言っても、それはただの生体情報処理装置だ。
思考実験として脳A・脳Bという同一の状態の脳を用意したとき、そこに同一のインプットが行われた場合、同一のアウトプットがされるのは確定事項である。
これがどういうことかといえば、「面白い」と感じさせる方程式が必ず存在するということに他ならない。

とはいっても現実では脳の状態が同一なことは考えにくい。
それは性別や年齢などの個体差はもちろん、文化や知識といった要因が大きいと思われる。
たとえば日本文化がわからない者に武士道を主題にした話をしても、理解されないようなものだろう。もっと極端な話、日本語がわからなければ日本語の小説を楽しむことはできない。

だが文化的要因すらも操作する、もしくは排除する、もしくは一定の文化領域に狭めたとき、「最大公約数での面白さ」=「可能な限り面白くする方法」というのが存在するのは確実に予見できる。
ここで重要なのは、「誰もが面白い話」を作ることはできないかもしれないが「誰もが面白い方程式」は存在するということだ。
実際に話を作ることは文化の壁があるので、LCLの海で液体人間として融合でもしなければ、絶対に無理である。
だが「文化Aが理解され、感情Bの状態の人間は、Cの物語を体験すると面白い」という類の条件付きでの「面白い確率の高い話を作る方程式」は、存在すると考えられる。

この条件式を完全解明するには、脳の構造がすべて明らかにされなければ無理だろう。
よって現代では最後まで方程式を定義することは不可能だ。
だがそれに対して、部分的にでもアプローチをすることはできる。
今でも脳科学で解明されていることはあるし、我々自身が感情という経験はすぐに実験できるからだ。(もちろん「脳の仕組み>体験する感情」という信頼性の違いは存在するが)

ここで重要なのはただ一つ、「その創作論には受け手の感情・脳の状態の遷移が考慮されているか?」という点だ。
この視点が欠如した創作論は、ただの妄想の一種に過ぎないと思われる。

2017/11/02 04:53

002
神は捨てろ

私が創作論を語るにあたり、神秘主義については一切考慮しない。
そうでなければ論ずる意味がないからだ。
異論がある方は是非、神様に天才にしてもらって欲しい。

と、しゃべログタイトルにも天才とあるがべつに天才が嫌いなわけではない。
ただ単に、自分が凡才という自覚があるだけだ。

私の最終目標地点はすべての人間を(創作の)天才に引き上げることで、もっと言えばAIでも面白い話が書けるようになる地点だ。

でも困ったな。生きてるうちに辿り着けそうにない。

2017/11/02 04:49

001
創作論を綴るのはなぜか。

真理を目指したいから、というある意味中二病的な理由である。
とはいえ物理や数学の学者はみんなそれを行っているのだから、恥ずべきことでもないと思う。

私の定義する創作は今のところ「エンタメ的物語」だ。
「そこに共通解となる答えなんてあるのか?」と聞かれれば、「ある」と断言しよう。

なぜ番号を振り始めたかというと、創作論は目の前の執筆があるとつい後回しにしがちで、いつまで経っても進まず、かといって気がついた時に書くのであれば散文のようになってしまうからだ。
後からまとめたいと思うのだが、まとめる方法について考える必要がある為に番号を振った。

2017/11/02 04:44

ユーザー座談会の方で先日言った「物語とは何か?」について。
・発想基点
 ハウツー本での「物語は行って帰る物」という記述。

・仮説
 物語は「①日常→②非日常→③日常」の遷移状態のことを指す。

・概論
 物語を構成する要素を考えると、「特別なことが起こった」ということの提示になると考えられる。
 逆に言えば、非日常でない出来事は「特記事項無し」となるからでもある。

①開始時の日常、これはつまり主人公含む世界観の提示になる。
 世界観設定の提示、主人公(基幹人物)の設定提示などの前提知識の提示と行っても良い。

②そして非日常が起こる。
 これは「普通ではないこと」であり、日常と異なることである必要がある。

③最後の「日常」は、「新たに始まる日常」を指す。
 世界が救われた、主人公が心に傷を負った、といった新たに日常を提示することで物語は終わりを迎える。

 これらが不足すると、物語としての体をなさなくなる。
 もちろんわざと①を省略する場合、受け手に対して「ゼロの状態」を作り出す叙述トリックのような状態を作ることもできる。
 ただし②や③を省略した場合、非常に文学的な作品になるだろう。
 エンターテイメント的な側面(いわゆる王道、大衆受け)から見た場合は望ましくはない。

2017/11/02 03:09

友人が言っていた「タイトルと俳句の親和性」について。

タイトルを俳句のように付けると良い、という話があり、たしかにそうだと感覚的に共感をしたのでそれを分解してみる。
最近はテレビでもゴールデンタイムに俳句の講評などが行われてそこそこ知識がある人も増えた印象。
俳句とは五七五調の季語のあるもの、というルールで詠われる定型詩だ。

五-七句が日本語として音読リズムが良いというのは有名なので、タイトルに「リズム」という要素が必要ということであるとは思う。
また、季語はすなわち現代でいうところの「パワーワード」だろう。これでどういう季節=ジャンルかが示唆されるとも言える。

更に踏み込んで考える。
俳句の講評でよく言われることに、「曖昧な表現はNG」「具体的な音や情景が想像ができるものがよい」という物がある。
これはつまり「具体的に何が起こるか想像できる」という点があるだろう。
そのタイトルを読んだだけで、「ああこんな話なのかな」と情景が浮かぶのが強いタイトルだと思われる。
逆にぼんやりとした表現――「きらめく」とか「彩り」とか――はあまり良くないと言える。「すーぱーすごい面白ストーリー!」なんてタイトル、誰も読もうと思わないですよね。

私は俳句に対して門外漢なのでこれ以上言えることはないが、つまり俳人=スーパーコピーライター……の資質があるのではないだろうか?

2017/10/22 10:34

【フック】 【ジャンル】 について。
なろうではタグにジャンルを書くとクリックされやすくなる。
つまりこれはジャンルがフックになっているわけだ。
これは見たところ検索でスコッパーが探っているというよりも、中身の表記になっていると思われる。その証左に、有名タグを入れたところでほとんど閲覧者は増えない。
Web以外の場所、例えば書店なら置かれる棚がその役割を果たしているのだろう。

ここに長文タイトルが強い理由があると思われる。
そしてこれはそのジャンル毎の広さや重なる範囲を考えると、より効果的に設定できる。

例えば「これは面白そうなストーリーだ」と思った本が、自分の知らない二次創作だった場合に手を取るのを躊躇ってしまうことがある。
元の作品が一つのジャンルになっているわけだ。

ではこの時のジャンルとは何か?
これは前提の文化を表しているのだと思われる。
ミステリやホラーに限らず、ギャグや恋愛などでもそのジャンルでいう「お約束」があり、その前提共有の上で成り立っている。
コミケなどで「ジャンル」という言葉が使われている様子がわかりやすいかもしれない。
つまりジャンルとは、前提とされる事前知識や文化を一言で現した物なのだろう。
だからこそ、ジャンルをまたぐ作品は強い。

そして新たなジャンルというのは開拓するものではないように思われる。
(余談だが今、私が「新ジャンル」の息吹を感じているのは「横浜駅」や「ブッシャリオン」といったサイバーパンクとSFの中間地点のように認識されるジャンルだ)
どういうことかと言うと、新ジャンルというのは切り開こうと思って進む物ではなく、これまでの道の延長線上に存在し、一歩だけ逸脱した第一人者の後ろに道が出来る物だと思う。

今の関心事は、「新ジャンル」を編み出す方法だ。

2017/09/16 08:43

企画力が高い作品とは
「一言でどんな話か説明できる(セールスポイントが明快)」
「その組み合わせが、メインジャンル内において目新しい(斬新))」
「いろんなクラスタ向けにアピールできる複合ジャンルを含有している」
この三つを兼ね備えた作品が、どんな場所でも強い

明快・斬新・幅広

2017/08/21 00:35

モチベーションを保つ方法
・分析を行う
市場分析を行うということはどういうことか。
例えば将棋やチェスなんかの盤上ゲームを思い浮かべて欲しい。
市場を分析すると攻めるべきポイント、つまり『弱点』が見えてくる。

『弱点を攻めた時、勝てるのではないか?』という勝利のヴィジョンが見えないだろうか。
そうなったら後は、自分を抑える方が難しいのではないだろうか。

だってあなたの中には『勝てそうな方法』が存在しているのだから。

2017/08/16 12:51

お話を書くイメージ。
敵(読者)をイメージする。
敵の弱点(好み)を分析する。
自身の武器庫の中から、適切な物を選んで攻撃する。
よって武器を研ぐ作業を怠ってはいけない。

2017/08/07 02:35

早寝早起きは習慣付けと睡眠時間確保の為に三文の徳どころではない効果がある。
凄い一般論なんだけど、睡眠サイクルがズレると自律神経失調症を併発して精神的に参ってしまったり、肉体的に辛くなる。
睡眠時間が短くなると脳が働かない。
「やる気を出す」なんていうのは科学的にありえない迷信だ。
「やる気は勝手に増える」か「無い」かのどちらか。増やすことは意識的にできない。

よってやる気の有無に関わらず、しっかり寝て朝起きて行動する「一連の習慣」にしてしまうことが大事。

2017/06/24 08:07

物語を書くのに必要なこととは何か。

・インプット
アウトプットする為にはインプットしなくてはならない。
ここは人生経験でも、創作物でも、知識でも、なんでもが武器になりえる。

・自己分析
インプットした内容を整理して「自分が面白いと思った感情は何か」を整理する。
「心が動いた瞬間の自分の感情を客観的に言語化する」という作業が必要。
「面白い」には様々な種類がある、というのも忘れてはいけない。
これは断言するが、誰かが「面白い」と思ったことは結構な人が「面白い」ことだ。
例えばそれを同じように書いて全く支持を受けなかった場合は、描写の仕方が間違っていて本質的な「魅力」を再現しきれていないだけに思える。
再現性を保障する作業。

・市場分析
これは売り場やジャンルという狭い環境のことを考えるのではなく、「ターゲット層」の分析のこと。
特定の場所に放り込むならその読者層を想定すればいいし、広い場所にアピールするなら「どんな人が自分の話に興味を持ってくれるか」というのを考える。
例えば「君の名は」と「シン・ゴジラ」は同時期に同媒体で発表された作品だが、明確に「ターゲットが違う」。
重要なのは「どんな人に見てもらいたいか」「どんな人を楽しませたいか」を分析し、それに合った加工方法を選ぶことだ。

・加工
自己分析で抽出した「面白い」要素を、市場分析で割り出した「面白い」と思う方法で加工する。
これは逆でもよい。
市場で求める題材を自分が面白いと思うもので加工してもよい。
ここで目指すところが「新奇性を持ちつつも、王道を踏襲する」ということだと思う。

基本の流れはこのような形になる。
それぞれの方法を更に細かく具体的に探っていくのが、「創作を理論化する」ということだろう。

2017/06/15 10:57

「面白さ」については主に心理学上の快感と、経験則からの反証を重ねて書き綴っている。
ただ、一つ裏付けとして取れることは「音楽」との相関性があることだ。

「音楽」においての快感は、メロディライン・リズムの集合体として現れる。
人間は耳から入った音を処理する際、脳は「常に未来を予測している」ことが研究からわかっている。

「今聞いたメロディは聞き覚えがある」「なら次はどの音が、どのタイミングで来る」
「予想が合ってた嬉しい気持ち良い」「予想が外れた新鮮気持ち良い」
「またこのパターンか飽きたな」「全然予想できない、これは音楽ではない」
このような思考パターンを高速で次々処理をしていき、「この音楽は楽しい」「面白くない」という判断を脳は下している。

これはほぼそのまま、物語の「面白い」に対する解釈だと考えられる。
このような予測の連続と、答え合わせの緊張と緩和。
おそらく古代の進化時に狩猟の成否判定の為に培われたこの快感の繰り返しが「面白さ」を作り上げている……のだと考えている。

2017/06/11 08:56

「面白さ」は予測を裏切って期待を充足させた時に出現するのは確かだと思う。
ただもっと瞬発的な面白さ……というか「快感」が存在する。直接的な快楽のことである。
例として一番にあげるなら「ポルノ」。エロ描写はそれだけで興味を引く。
他にもそれらの快感はある。上記にあげた「物語としての面白さ」も「快感情」の一つであると定義できるかもしれない。
「笑い」これはスキーマのズレ、常識からのズレが発生させる快感情の一つだ。
「承認欲求」。なろう小説界隈では言わずとしれた快感情の一つで、作中の人物を肯定することで読者に快感を与える。この場合の「作中の人物」は、主人公とまでは言わないが読者が感情移入できる人物でなくてはならない。
「知識欲」知的好奇心を満たすような事柄は、読者に快感を与える。うんちくが語られる面白さ。一般人の知らない知識や経験を持った人が語る内容が面白いのはこれが原因だろう。

これらの快感情を手を変え品を変え、常に振り撒くことを意識する。
眠くならない常に面白い、読者の興味を引き続ける物語はそうやって作ることができる。
そうして最上のカタルシス、「面白さ」を味わわせたいと考える。

今思いつく快感情は以上だが、他にもいろいろあるかもしれない。
これらの快感の中で物語として私が特別視しているのは一番最初の「面白さ」だ。
なぜそれを特別視するのか、といえばそれは物語でしか味わえない感情だからだろう。

2017/06/11 08:47

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