創作論

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「面白さ」については主に心理学上の快感と、経験則からの反証を重ねて書き綴っている。
ただ、一つ裏付けとして取れることは「音楽」との相関性があることだ。

「音楽」においての快感は、メロディライン・リズムの集合体として現れる。
人間は耳から入った音を処理する際、脳は「常に未来を予測している」ことが研究からわかっている。

「今聞いたメロディは聞き覚えがある」「なら次はどの音が、どのタイミングで来る」
「予想が合ってた嬉しい気持ち良い」「予想が外れた新鮮気持ち良い」
「またこのパターンか飽きたな」「全然予想できない、これは音楽ではない」
このような思考パターンを高速で次々処理をしていき、「この音楽は楽しい」「面白くない」という判断を脳は下している。

これはほぼそのまま、物語の「面白い」に対する解釈だと考えられる。
このような予測の連続と、答え合わせの緊張と緩和。
おそらく古代の進化時に狩猟の成否判定の為に培われたこの快感の繰り返しが「面白さ」を作り上げている……のだと考えている。
「面白さ」は予測を裏切って期待を充足させた時に出現するのは確かだと思う。
ただもっと瞬発的な面白さ……というか「快感」が存在する。直接的な快楽のことである。
例として一番にあげるなら「ポルノ」。エロ描写はそれだけで興味を引く。
他にもそれらの快感はある。上記にあげた「物語としての面白さ」も「快感情」の一つであると定義できるかもしれない。
「笑い」これはスキーマのズレ、常識からのズレが発生させる快感情の一つだ。
「承認欲求」。なろう小説界隈では言わずとしれた快感情の一つで、作中の人物を肯定することで読者に快感を与える。この場合の「作中の人物」は、主人公とまでは言わないが読者が感情移入できる人物でなくてはならない。
「知識欲」知的好奇心を満たすような事柄は、読者に快感を与える。うんちくが語られる面白さ。一般人の知らない知識や経験を持った人が語る内容が面白いのはこれが原因だろう。

これらの快感情を手を変え品を変え、常に振り撒くことを意識する。
眠くならない常に面白い、読者の興味を引き続ける物語はそうやって作ることができる。
そうして最上のカタルシス、「面白さ」を味わわせたいと考える。

今思いつく快感情は以上だが、他にもいろいろあるかもしれない。
これらの快感の中で物語として私が特別視しているのは一番最初の「面白さ」だ。
なぜそれを特別視するのか、といえばそれは物語でしか味わえない感情だからだろう。
まず一つのネタを思いついたら、それを書き出す。
続く展開を考えるとき、その展開や設定が「順当」にならないように気をつける。
「順当」だと思ったら、「ズラす」。

・ズラす方法
例題:街のおばちゃんに近くの美味しい店を聞く
「美味しい店? それなら駅前の蕎麦屋がいいわよ」
①設定の要素を抽出する。
例:街のおばちゃん
 →横柄、バーゲン好き、お喋り好き
②拡大する。
 バーゲン好き
→バーゲンの為に身体を鍛えている。

「美味しい店? それなら駅前のステーキ屋よ! 肉! わたし身体を鍛えててね、ほらバーゲンなんか行くとガタイのいい人には勝てないからさぁ、だから身体鍛え始めたらこれがハマっちゃってもう身体が肉を求め続けるっていうか、あちょっとお兄さんどこ行くの!」


プロットを事前に書く場合、特に「順当」に陥りやすい。
「順当」には細心の注意を払う必要がある。
読者の感情を操作し、予想と期待を操作する。
面白さとは、予想を裏切り期待を叶えることである。

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