金物屋
京都は、良い街だけれど、近年のオーバーツーリズムで割と住みにくいところではある。観光客のために、バスに乗れないというのはその最たるもの。
そんな異国のお客様は、わからないことがあるとスマホをかざす。それは人に対してもそうなのだ。
先輩パートの娘さんは、京都市内でも、観光地の周縁に住んでいるので、異国のお客様をよく見かける。近頃の観光客は、いろんな理由でスマホをかざす。自撮り然り。マップ然り。
彼らもそうだった。ここへ行きたいとスマホをかざされてよく見たら、そこは、「金物屋」だった。「カナモノヤ」。
金物屋、とは。
ざっくり言えば、その種類を問わず、金属製品を商品とするところだ。言わずと知れた鍋窯を置いてあるところ。
東京のかっぱ橋じゃあるまい、プロ仕様の道具が欲しいわけでもないだろうに、何故に、金物屋?
優しい娘さんは、あー行って、こう行って、そこを曲がって……と、懇切丁寧に身振り手振りで教えて差し上げたそうだが、途中で、はたと気づいた。
そのスマホの翻訳には、「Goldshop」とあったそうだ。
金物屋……、確かに、「金」「物」「屋」ではあるが、ゴールドショップといえば、意味が違ってくるんじゃないだろうか。ちょっと直訳し過ぎでは?
多分。たぶんですよ。タブン。
何を想像していったか分からないが、たどり着いたお店にびっくりするか、がっかりするか、あるいは妄想が甚だしすぎて、そことは気づかずに、結局行き着けないか。
そう。金物屋には、黄金のキンキラキンは置いてないんですよ。何なら、仏具屋さんのほうがご希望のお店に近いんじゃなかろうか。
言語文化というのは、なかなか、奥が深い。