ポリコレの話のつづき
先日、有隣堂が運営する誠品書店に訪れ、平台で目についた企画がありました。
「禁書」と題されたコーナーです。
そこに並んでいたのは、アメリカ各地の公立図書館や学校図書館で禁書指定されている小説です。
中に、アメリカのノーベル文学賞作家トニ・モリスンの作品があって、思わず立ち止まって見てしまいました。
トニ・モリスンは黒人(今風に言えばアフリカ系アメリカ人)の女性作家で、黒人差別をテーマとした作品を書き続けています。
他には、マーク・トウェインの『ハックルベリー・フィン』やサリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』などが並んでいて、文学史に燦然と輝く名作の数々が「禁書」とされていましたね。
トニ・モリスンやマーク・トウェインを禁書指定して、子どもたちや中高生たちに読ませないようにするなんて、アメリカの文学史を否定しているとしか思えません。
奴隷制や黒人差別を赤裸々に描いた作品が「禁書」に指定されているようですが、トニ・モリスンが描いている黒人の少女たちの苦しみというのは、現実が本当にそうだったのであって、読者から本を奪って隠したところで、その苦々しい事実がなかったことにはならないと思うんですよね。
全米でこのような禁書運動の火が燃え上がったのは2021年のことで、2021年1月1日にフロリダ州で設立された、「Moms for Liberty」(自由を求めるママたち)というグループが禁書運動の火付け役となったそうです。
この団体は、パンデミック時におけるマスクやワクチンの義務付けに反対する運動から始まり、人種差別撤廃やLGBTの権利を学校のカリキュラムで教えることに反対し、ジェンダーやセクシュアリティに言及した書籍を学校図書館から追放する活動を行っています。
はっきり言って、差別主義を是とする反LGBT団体ですね。
この「Moms for Liberty」の会員はアメリカ国内で7万人(団体側の発表によると37州に195の支部を持ち、会員10万人)いるそうです。
佐久田さんの『ホラーSFコメディ?反ワクチン派の生き残った世界』をずっと拝読してきて、反ワク派の人たちの考え方(感性)が分かったような分からないようなという感じなのですが……。
アメリカの反ワク派の人たちは、行動力が突き抜けてますよね。
禁書運動の結果、実際に公立図書館や学校図書館から、一部の「ママたち」の気にくわない小説を追放することに成功しているんですからね。
反ワクから派生して人種差別主義かつ反LGBTになっていったのか、あるいは、コロナ禍の前からもともと人種差別主義かつ反LGBTの考え方を持っていた人々がパンデミックをきっかけに反ワクに傾倒したのか……?
「自由」の定義はいろいろありますが、この「ママたち」が求める自由というのは、リベラルな価値観から解放されること、人種や性を理由とした差別を許さない社会から自由になることなのでしょうね。
寛容な社会というのは、不寛容な考え方の人にとっては生きづらいでしょうからね。
近年の禁書運動から思い出したのが、19世紀末から20世紀前半のアメリカで燃え上がった「ファンダメンタリズム」(原理主義)です。
当時の禁酒法やコムストック法や進化論の否定は、ファンダメンタリズムが表出したものと言われています。
コムストック法の成立によって、性に対する極端な禁忌意識が強まり、何十トンという量の出版物が破棄された歴史があります。ポルノ雑誌のみならず、産婦人科の医学書まで規制対象となり、何千人も逮捕者されたのです。
アメリカの保守的キリスト教勢力は、その後にイスラム原理主義が忌避されるべき言葉となったことで、「ファンダメンタリズム」という呼称を止めて、代わりに「福音派」(Evangelical)と呼称されるようになりました。
最近の禁書目録を眺めながら、焚書坑儒、言論の抑圧の歴史は繰り返すんだなぁとしみじみと感じています。