芸術の世界
成瀬川さんが『修羅街挽歌』やしゃべログで
ダダについて書いているのを読んで、久しぶりに芸術について思いをはせたりなど。
そもそも芸術とは?
artはラテン語arsからきており、語源的には「技術」であるため、芸術(アート)=「美の技術」です。
よく言われる、ネイル・アートは芸術(アート)か? という問題を考えてみます。
ネイル・アーティストは芸術家と言うよりは、職人。
ネイル、ヘアメイク、料理などが、どんなに芸術的であっても、必ず対価を得るために行われています。
経済活動が関与するかどうかで、芸術家(artist)と職人(artisan)は区別されると言えます。
逆を言えば、経済活動を目的とせず、独創性と特別の技術で制作するならば、ネイルもメイクもファッションも「芸術」(アート)と言えるのです。
「芸術家」という社会的身分が公的に認められるようになったのは、1648年にフランスの王立絵画彫刻アカデミーが創設されてから。
これはルイ13世の時代で、宰相リシュリューが創設させました。
余談ですが、小学生の頃に読んだデュマの『三銃士』の影響で、宰相リシュリューと言うとわたしの中で知的悪役イメージです。
1648年というのは、バロック時代にあたります。
中世の職人ギルドの一員であるartisan(職人)から、国家によって身分保証されたartist(芸術家)へと変わっていきました。
しかし、「アカデミー」が権威を持つというのは、国家権力が「芸術の基準」を決定するようになるということです。
それって本当に「芸術」なんでしょうか?
現代のわたしたちが想像する、いわゆる「芸術家」が成立するのは、19世紀になってからなのです。
芸術の歴史では、バロック時代の後、1750年頃から古典派が現れます。
1789年にフランス大革命が起こり、1800年頃からロマン派の時代になります。
おおざっぱ分けると、
古典派:説明できるもの。合理性、理性、悟性。=形式重視
ロマン派:感情。「曰く言い難いもの」を重視。=抽象重視
古典派とロマン派は対概念と言えます。
19世紀を通じて、芸術の世界では抽象度の高いものの序列が高くなり、芸術家に天才(独創性)が求められるようになります。
抽象度の高いものが芸術として上位と位置づけられるようになるというのは、例えば音楽で言うと、器楽が声楽よりも上とみなされるということです。
それ以前、ルネサンスやバロックの時代では、器楽よりも声楽の方が上でした。
19世紀の芸術は、ロマン派の帰結として二つの立場に分かれていきます。
「芸術のための芸術」と「大衆迎合型の芸術」です。
L'Art pour l'art(芸術のための芸術)
英語で言うとArt for Art's Sake、芸術至上主義とも言われます。
19世紀後半、芸術家が独創性を追求するあまり、大衆に理解できなくなるのです。これを「芸術の純粋化」と呼びます。
詩の世界で言えば、言葉の意味ではなく音素が重視されるようになります(ランボーなど)
「あらゆる芸術家は音楽の状態にあこがれる」というウォルター・ペイターの言葉が有名です。
こうして、抽象的な現代音楽や現代アートにつながっていきます。
現代のわたしたちがイメージする「芸術」や「芸術家」というのは、まさにこの時代に形づくられたものです。
対概念である「大衆迎合型の芸術」は、ロッシーニやヴェルディのオペラなどが分かりやすい例でしょう。
ロッシーニは同時代の人々から圧倒的な人気を集めていましたが、音楽史上ではベートーヴェンの方が評価が高く、ロッシーニはベートーヴェンのような神格化をされていませんよね。
19世紀後半から20世紀初頭、「芸術の純粋化」から、感覚的なものを重視した印象主義や表現主義が生まれました。
以降、多種多様な~ism(主義)が現れ、現代に至ります。
代表例を挙げると、
表現主義:ムンク、音楽では無調
印象派:モネ、マネ、音楽ではラヴェル、ドビュッシー
新印象派:スーシ
野獣派(フォービズム):マチス
素朴派:ルソー
原始主義:ムーア
ダダ:デュシャン
立体派(キュビスム):ピカソ
抽象絵画:カンディンスキー
新造形主義:モンドリアン
未来派:ボッチョーニ、ルッソロ
シュルレアリスム:ダリ、マルグリット
ここでようやくダダが登場しました!
ダダ、シュルレアリスム、未来派については後ほどあらためて書くとして、歴史の話に戻ります。
20世紀に入り、権威が認めた「高尚な芸術」(制度としての芸術)に対する反動として、「反芸術」や「非芸術」を掲げる芸術家が現れました。
反芸術の音楽と言えば、ジョン・ケージの「4分33秒」(1952年)が有名ですね。
19世紀 「芸術」
↓
20世紀初頭 反「芸術」
↓
20世紀後半 非「芸術」
↓
現代 ~アート
現代は、この「非芸術」の流れを汲む「~アート」の時代と言えます。
芸術家の数だけたくさんの「~イズム」があったように、現代では「アート」と名の付くものがたくさんありますよね。
アウトサイダー・アート、オプティカル・アート、キネティック・アート、ポップ・アート、コンセプチュアル・アート、ランド・アート、ミニマル・アート、パフォーマンス・アート、サンプリング・アートなどなど。
現代では、「芸術」を「芸術」たらしめているのは、「ものの見方」と言えます。
つまり、「もの」そのものではなく、コンテクスト(理由付け)が重視されるのです。
本来あった文脈から切り離して、芸術と認知される特殊な文脈に置くことで、「芸術」とみなされるわけですね。
分かりやすく言えば、美術館に展示されることで「芸術」と認知されると言えます。
こういう効果を意図して行うことを、Dépaysement(デペイズマン)「異化効果」と呼びます。
言うなれば、美術館というのは「異化効果」を生じさせる巨大な装置ですね。