日々ログ

南ノさんの『五月の死神』

※南ノさんの『五月の死神』のネタバレあります。未読のかたは以下を読まないで※



『五月の死神』は、自死を選んだ倭文子さんがどうしてそうしてしまったのか、という謎を、倭文子さんの親友である文枝さんの語りを通して、読者が探っていく物語です。


「倭文子さんを突き動かしていたのは、ただただ怒りだった。地をどよもすほどの激しい、巨おおきな怒り。それは、あのような方法を採るよりほかに鎮める術すべを持たぬものだったのだ。」(第21話より)


「怒り」の発露として、自死があるという文枝さんの言葉に、腑に落ちる思いがしました。


倭文子さんの自死が発覚したとき、事情を背景を知る大人たちは、彼女が性暴力被害を受けたことで、この先良い結婚は見込めないだろうから、人生に絶望して死を選んだと考えたことでしょう。おそらく、当然。


しかし、文枝さんの目から見た倭文子さんは絶望ではなく、「怒り」を抱えていた。

理不尽な状況に対するどうしようもない「怒り」がありながら、倭文子さんは家庭内で常に弱者であり、親の保護監督下にある年齢で、抗議する手段がほとんどない。

自死というのは、理不尽を押しつけてくる強者に対する、彼女なりの抗議の最終手段だった、と読み取りました。



『五月の死神』を読んでいる間、ちょうど並行して、ヤスミナ・カドラの『テロル』を読んでいました。

『テロル』はテルアビブで自爆テロ事件が起こるところから始まり、犯人が最初から分かっている倒叙ミステリです。

物語の冒頭で自爆テロ事件を起こした犯人は、語り手である主人公の妻でした。

なぜ自分の妻が、すべてを捨てて猛火に焼かれて死ぬことを選んだのかを知るため、主人公が妻の足跡を辿って彷徨する物語です。


『テロル』でも、複数の第三者の証言でもって、夫が知らなかった妻の人生を描こうとしていますが、夫の一人称小説であるため、妻の内面は最後まで描かれません。

祖国のためで本当に命を捨てられるのか、命よりも大事な大義ってあるだろうか……と読後ももやもやしつづけます。


ヤスミナ・カドラさんは女性名で執筆していますが、ご本人は男性です。

男性の作家だからなのか、作中の証言者たちもやはり男性ばかりで、夫が妻の内面に迫りきれていないように感じました。

(出版当時、フランス文学界で各賞を受賞し、映画化、コミカライズもされたベストセラーなので、わたしなどがこう言うのはおこがましいのですが……)


それが、南ノさんが『五月の死神』で書かれた、倭文子さんの行動を「悲しみ」ではなく「怒り」と説明したのには、すとんと来たと言いますか、とても腑に落ちたのです。

ゴリアテに対するダビデの戦いは、そう望まなくても、必然、命を捨てた無謀な行いにならざるを得ないのですね。



どうして三原山でなければいけなかったのか、を考えながら読んでいて、わざわざ船に乗って死地に赴くという道程が、倭文子さんにとっては自分の内面とあらためて向き合う時間となり、最終的に決断したということなのだと理解しました。

自死を考えるひとが、わざわざ富士山のふもとまで行ったり、沖縄まで行ったりするのと似ているのかと……。

余談ですが、沖縄には自殺志願者が多く訪れるそうで、自死を思いとどまらせ、社会復帰を助ける活動を長年行っている教会の牧師さんの話を社会学の本で読みました。



作中で紹介されていた吉屋信子さんは、当時の女性を取り巻く状況をリベラルフェミニズムの視座に立って見つめていた作家だったのだと、初めて知りました。

与謝野晶子さんもそうですが、こういう思想的積み重ねが戦前からあって、戦後の女性解放運動(ウーマン・リブ)の大きなうねりにつながっていったのだろうかと思いました。

今まで読んだことがなかったので、吉屋信子さん、手に取ってみたいです。



文枝さんがあの事件後、自分が幽霊になったように感じていたというのは、クラスで孤立していたというだけでなく、彼女自身の心が生と死の狭間にいて、いつ死に近づいてもおかしくない場所にいたからなのだろうと思いました。


倭文子さんは文枝さんに生きていてほしいと思ったから突き飛ばしたのだと思いますが、文枝さんはあとを追いたかった。


文枝さんの腕を強く引っぱり、現世に押しとどめる役割を担う和子さんは、クラスの女王さまで、にぎやかな楽しい家庭で、「生」の光を放つ女性として描かれています。

文枝さんが和子さんと抱きしめ合って涙する最後の場面に、朝日が射す情景描写から、悲しい出来事を乗り越えた先の希望をたしかに感じました。


現世に生きて戻ってきた文枝さんは、この耐えがたい苦悩を作品のなかに昇華して、文学少女から作家へと成長していくのではと想像しました。



くり返しになりますが、読み応えのある、考えさせられる物語をどうもありがとうございます。

次回作も楽しみにしていますね!


2023/12/10 12:31

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ロシア文学が大好きです。 2012年2月からロシア語を勉強しています。

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