年寄りなのでもうみんなに労られてへらへら生きたい!!

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たまたま札幌に夏来てみて実感していること。


涼しい。


自分の身体が完璧にガタガタになる前の、動ける範囲の時期は「夏の長期を札幌で過ごす」を想定して生きていくのもいいのかもしれないとこの夏真剣に感じました。

現在、使ってもいいらしい軽自動車があるのでそれに乗ればもう少し機動力もあがる。だいたいいまは出かけたついに帰り際に飲酒してしまうので車で出ないのですが。


今後五年間くらいは夏に札幌にいる期間をもう少し長く考えたい。

そうするにあたって自分の病院通院のタイミング整えたり、薬長めに出してもらったり医者と相談なくちゃだなー。


自由とはなにかなーっていうのをまだずーっと考えてたりもするんだけど。


私は、自分の生き方が自分コントロールで完全に自由だったことが……ないですね。そういえば。

心そのものは自由なんですが。

生活としていつも「誰か」を支える部分を見据えて動いていて、そのために不自由になったり、そのために我慢したり逃がした「なにか」もいくつかあるような。

ただその不自由が不幸だと考える部分も薄いなあ。


自分にできる範囲で、自分の身の回りの人の手伝いができたり、役に立つことが、私にとっての「幸福」の要素のひとつでもあんですよね……。

まあ、いま、漠然と想定しているのは育児と介護と結婚生活などがチラチラと脳裏に浮かんでの発言なんですけどねー。


それぞれ経験しての納得感もぼんやりと思う。

育児→好き。いま思えば、おもしろかった。子どもがどう思ってるかは別問題。

介護→好き嫌いの範疇とは違うなにか。死に向かっていく身近な人を補助するものなので「やり遂げた」感がなく、終わると喪失しかなく、あまり得意ではないが、といってしないでいたら自分で自分が嫌いになるだろう。

結婚→向いてなかった。あとどうも制度として苦手かもしれない。名義変更その他が面倒くさくて嫌なので二回目はないと思う。いろんな意味で自立してない人と共同生活するのは不向きだなあということだけは、わかった。


プロフィール

佐々木禎子(ささき ていこ)
作家。
札幌出身・東京と札幌を行ったり来たりしています。
1992年雑誌JUNE「野菜畑で会うならば」でデビュー。

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