ミステリの欠片

003


 呪文というのは言葉の呪いだ。当たり前のことだが、魔法の類を信じない人でも、言葉の力とやらは信じざるを得ないだろう。

「お前の言葉は、呪文だ」

 そう言われることは、目の前の女にとって、喜びになるのだろうか。

 口先だけで数多くの男を騙し、破滅させてきた女が、今、俺の前、扉の向こうにいる。

「俺は、呪文なんかにかからない」

 俺は自分で呪いをかけるようにつぶやくと、取調室の扉を開け放った。

2017/09/06 16:42

002


 逃亡犯はホットのブラックコーヒーを好むか?

 僕は好むと思うね。まあ僕はあんな泥飲もうとは思わないけれども。もちろん、コーヒー自体の効能は認めるよ。カフェインは過酷な生活の助けになる。つまりは、緑茶や紅茶でなくコーヒーを選ぶかどうかって話さ。

 冬なら、コーヒー好きの方が快適な逃亡生活を送れそうだとは思わないか? コンビニじゃプラスチック臭のするお茶しか置いてないのに比べ、コーヒーは缶からドリップから、様々な種類のものが出てる。安いしね。本格的なものが飲みたければ茶よりコーヒーだろ?

 さらに言えば、逃亡生活が移動式か隠遁式かはさておき、普通の生活に比べて喫茶店にも本格的な店にも行きづらいことは確実だ。よっぽど裕福なところに匿ってもらってるならともかく、そうでもないなら素敵なディナーは当分望めない。それならせめて飲み物でも、というのは飛躍しすぎかな? コンビニ弁当に合わせるならそりゃペットの茶だろうけど、それ以外水分を摂らないつもりかい? 寒い日に?

 少なくとも、コーヒーを飲める方が逃亡生活は楽になる。そして生活を続けるうちに、ほぼ間違いなくコーヒーを飲むようになるね。これについては異論は認めるけど。

 ところでところで、ミルク砂糖は要らないのかって? コンビニには監視カメラがついてたりする。僕なら、それらを頼んで時間をかけるなんて愚の骨頂みたいなことはしないね。

 全部言いがかり? そうだね、君が飲んでるそれを除けば、根拠はゼロだ。

2017/09/06 16:02

001


 硫酸で文字を溶かしながら思う。どう考えても、もっと弱い酸にすべきだった。そもそも、ろくに知識もないのに酸で溶かそうなどと考えたのがいけなかったのだ。しろうと考えで「刺青が消えないなら溶かせば良い」なんて考えるから、こうなる。

「中指の文字は溶かすけど、薬指の指輪は本人を特定できるよう溶かさないように……」

 ソーセージのような指に食い込んだ安物の指輪は、偽物の宝石を光らせる。私は手首を掴んだトングをあれこれ動かした。

 手首から先は、もう溶けきって、無い。

2017/09/06 14:24

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