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今日受け取ったゲラのチェック、進捗50%。


昨日までと比べて、今日はだいぶ落ち着いた仕事量でした。少しの間は余裕ある日々が続いてくれるかも? ただ、気が張っていたほうが能率は上がりますけどね。

もう少し落ち着いたらトークメーカー投稿作も更新していきたいところ。


あと、

第1回 『きゃらふと×トークメーカー キャラクター大賞』

こちらの選評委員を務めさせていただくことになりました。

すごくトークメーカーっぽい新人賞だなぁという気がします。どうせ時代はすぐ変わるのだから、固定観念に縛られず、新しい分野に創作活動の舞台を広げていくことは楽しいものです。誰もやらないこと、権威にはできないようなことにどんどんチャレンジしていきたいですね~。

小説・実用書など色々な新作案を考えてみる(要するにずっと外回りだったので、その間に考えていた)


月・火・水はかつてないレベルで忙しかった。通常の仕事に、文筆関連の締め切りやゲラチェックが重なってきたためだと思われます。

こういうときは睡眠時間もあまりなく、さすがに眠気があって効率が落ちてしまう。今日はちゃんと寝る。


その分、木・金はだいぶ余裕があるので、気楽にやります。明日もゲラが一つ届くようですが、全体の業務が軽いので気楽にやれるでしょう。

今日は推敲に終始 → 編集さんに推敲原稿を送付


最近はダウも日経も安定してますね~。

都心の不動産も笑っちゃうほど高くなっている。電柱に貼られてるマンション広告は前からよく見ていたんですが、最近は吹きだすような価格であることもしばしば。でも売れてないんでしょうね。

嵐の前の静けさといった印象をひしひしと感じます。ウニクレディトもドイツ銀行も中国の金融システムも、本当によく粘っている。各国の当局の奮闘ぶりには頭が下がります。静けさはどこまで続くか読めませんが、さすがに来年はもう……と思うところですが、やっぱりその瞬間が来るまでわかりませんね。その確率は、日に日に少しずつ、着実に高まっていっています。次に来る金融危機は人類最悪の一つになるのではないでしょうか。でも多くの人たちが普通に暮らしている、とても興味深い。皆さんシートベルトのご用意はよろしいですか?

1か月ごとに活動記録をまとめるのがいいかなと思い、新しい活動記録を立てました。2017年8月1日~8月31日までの活動を記録します。
小説執筆3100文字(※改稿) → 編集さんに暫定送付


昨日は実用書のゲラを編集さんに送付し、今日は小説の暫定原稿みたいなものを編集さんに送付し、なんだかすごいことになってます。自分は今までずっと締め切りのかなり前に原稿を渡しておく人間だったんですが、このところ色々山積していて、本当に7月末ギリギリの締め切りでの暫定原稿発送になってしまいました。

あー、なんか本当にいま自分、忙しいんだなぁと思います。

ちゃんと細々とですが本業もやってます。合間には交流会で知り合った方々などにお礼メールなどもするも、名刺のメールに何度送っても送付できない方とかもいて、いちおうご挨拶だけはしておきたいなと思うところです。


あとそういえば今日は佐々木先生から話があった幽を購入し、拝読して感想を書くなどしました。こういう書簡を交換すると、自分の考えも整理されていくようで有用ですよ。制限なしに好き勝手できるプチ座談会ですね~。

年寄りなのでもうみんなに労られてへらへら生きたい!!

小説執筆1600文字(※改稿)。

実用書ゲラチェック完了 → 編集さんに発送。


とくに実用書のゲラチェック丸々完了したのにホッとする。実用書の内容を、そぎ落としてそぎ落として、本当に核だけを残すと、すごくどきどきするものになるなと発見しました。実用書はそぎ落として公式化するくらいの気持ちでいたほうが良いなと改めて感じます。


今日はとあるホームパーティーにお招きを受けて参加していたのですが、とても有意義でびっくりしました。

自分は長らく会社やってきたので、交流会的なものは色々経験してきたんですね。いまも商工会議所のその手のものに招かれたりすることもあるのですが、いわゆる異業種交流会というのは、そんなに何かある場所ではないなという印象を持ってました。でも今日のホームパーティーは100人近くこられていて、みんなクリエイター界隈の近しい人で、普通にお話が面白いし、ためになるし、一緒に創作もできそうな人がいたり、とても楽しめる場所でしたね。創作関連の会社の社長さんとかも来ていらっしゃったので、そういうお相手様とも、「商売抜きに商売ができそう」な感じになったりと、近しいところにいるメンツだとこれは良いものだと思いました。

普通に架神さんとも顔を合わせて広報の打合せをしたりしました。とにかく身近な方が開く個人的な交流会には積極的に出席すべきだなと感じさせられました。

小説執筆8500文字。実用書ゲラチェック。


こうやって文字数を付け始めて、とても着実に創作方面を進められるようになりました。単純ですがオススメの方法ですね。

ちょっと明日も創作に朝から一定時間を取りたいので、今日はいつもより早めに寝ます。

小説執筆10900文字。実用書ゲラチェック開始。


今日は創作方面にそこそこ時間を避けた印象でしたが、実際にいつもより進んだみたいです。その実際を数字としてちゃんとチェックできるようになったのは、こんな風にメモをし始めたおかげです。

前は何となくやってただけなので、反省したり、改善したりすることも難しかった。メモをコツコツつけていくだけでも色々な発見があって有用ですね。


あと兼業だと、今日くらいのペースがほぼほぼ限界点。少し業務に余裕がある日に、この限界点まで達せられるといったところでしょうか。これ以上は無理な感じです。


ただですね、何度か書いていると思うのですが、仮に専業小説家だったとして、2倍の時間を使って2倍進むかといったら不可能だと思われます。精神面のハードルが確実にあります。兼業のおかげで、かえって効率よく進んでいる部分はありそうな気がしますね。

あと、作家の方々と話すと「インプット・アウトプットがどうの」という話題がたまに出るんですが、そういうのも自分には無縁なんですよね。まったくエンタメコンテンツに触れていない自分でも、日々の色々のもののなかで、常時インプットが上回っています。皆さんとはインプットの次元が完全に違っているのだと思いまして、そこは良し悪しなんでしょうね。

小説執筆5000文字+調整など。


お茶の水界隈に移ってきたんですが、ふと気づいたのは、オフィスビル名とかに妙に「お茶の水」って入っているの多いなと思うことです。ここちょっとお茶の水より本郷三丁目とか末広町のほうが近いよというビルでも、住所が本郷とか湯島とか神田界隈でも、お茶の水って入ってる印象あるんですよね~。

もちろん正確に測ったわけでもないし、勘違いかもしれない。でもオフィスビルは色々チェックしておく習性がありまして、体感上そう感じています。

「新宿」とかなら「とりあえず付けとけ」みたいな感じになるのはわかります。「お茶の水」って語呂的にも良いとは思えないし、無理に入れるほど良いイメージあるものなんですかねー?

小説執筆5600文字。


ごくたまーに、「あ、この場面見たことあるわ」とか「なんか知ってる」って感じるシーンに巡り合うことってありませんか?

実際にフランス語由来の「デジャヴ」という言葉がありますが、こうした既視感を指したものです。過去に体験したという確固たる感覚を伴ったものを表現する言葉とされており、多くの人が漠然と何かを感じ、言葉となって成立したものです。定説としては「神経の通り道が違ってくることで起こる脳内の情報処理プロセスに起因する」ためと無理やりこじつけられています。

こうしたことは実際にしばしば起こり得、自分もたまーに感じる感覚です。昔は「なんか変だな」と思っただけでスルーしていたのですが、今ではこの感覚の意味合いや構造が掴めてきたように感じるこの頃です。世界構造に繋がる貴重な感覚でして、このあたりをあんまり語ると頭のおかしい人だと思われてしまうので口を閉じるだけなのでありますが、こうした物事を確かに感じ取れるようになった今、自分はとても幸せであります。

小説執筆9000文字。


いま書いているものが半分を越え、ぼちぼち進めてます。

編集さんからの要望としては、「とにかく今の読者さんが求める自己承認欲求を満たすことだけに専念してほしい。国際政治とかグローバル企業とかの話になってくると、読者が理解できる範囲の自己承認なんて吹っ飛ぶので、とにかくこじんまりとした枠組みの話のなかで、周りが勝手に主人公を承認していくような話(勝手に好きになっていくような話)に収めてほしい」とかなり強く言われていました。

勘弁してくれよ、と思いつつも……もちろんぼくとて上記のことは理解しておりますし、ドミノ倒しみたいに周りがちやほやしてくれるような話にまとめていくのも作家としての重要な技量だろうと思っております。でも、その技能はぼくにはないですね~。

半分をこえて、すっかり編集さんの要望とかまったく突き抜けて、超グローバルスケールのほうにナチュラルに話が飛んでます。もうどうでも(笑)

こういう世の中だと、もう自分は終わったなと思うのですが、まぁ別にぼくのほうが周りに合わせる必要もなく、売れる売れないとかよりも、自分が書きたいことのほうがずっと重要だなと改めて感じています。


上記のことからしみじみと感じるのは、専業小説家じゃなくて心の底から良かったということです。

変な話ですが自分なにやっても食っていけると思っていて、面白いと思えることなら何だっていいんですが、そのなかのひとつに小説が収まっていて、よいバランスだなぁと思います。無理に自分を枠組みに当てはめるのは自分には無理なんで、もっと人生全般・社会全般的な広い視野で、当てはまる分野に移動すればいいのかなと軽めに考えてます。だからこそ好き勝手できるし、精神衛生上もさまざまな方面で安定しているんだと思いますね。

小説執筆1500文字。あと全体調整など。


一日一食の話は何度もしているので、それは置いておきまして、自分は野菜を大量に食べるんですね。肉も魚もガツガツ食べます。今日は好物のでかいウナギを食しました。あと豚バラ肉300グラムくらい食べました。まぁそんなこともどうでもいいのですが、野菜をたくさん食べる自分からすると、下手すると肉の価格より野菜のコストが高くついてきていて、すごい野菜高いなと感じる今日このごろです。

そんななか、自宅から微妙な徒歩圏のお店で、異常に安い野菜を売っているお店を最近発見しまして、毎日買いに行ってます。今日など小松菜の見切り品などを20円とか、長ネギ3本を80円とか、ちょっとあり得ない値段で販売してくださっています。パッケージとかはスーパーで見かけるのと一緒なので、不思議な話もあるものですね。しかも店員さんがすごく多くて、とても親切な感じです。店の奥の倉庫のほうが広そうなので、たぶんそこそこのネットショップさんが、片手間で余った野菜を販売されているのかもしれませんね。ありがたい限りで、どうか続いてほしいです。

小説執筆4100文字。


今日はまんべんなく色んな仕事をだらだらやってた日でした。開発関連、報告関連、いろいろチェックが中心です。だらだらなんで効率良くないんですけど、こういう適当な日も設けることでうまく調和しているような気がしています。


最近トークメーカーに投稿し始めた作品も改稿しようかなと思ってざっと確認する時間を取ってみたら、今のところ別に何か手直しする部分はなさそうかもです。自分はかなり推敲・改稿に費やす時間が少ないタイプの作家で、原稿渡したら真っ白に近いゲラがきて、すぐに出版みたいなのが結構普通でした。これはタイプなので、良し悪しの問題ではないです。じっくり推敲を重ねたほうが良い作品が生み出せる場合もあるでしょうし、勢いを大事に書いてそのまま投入みたいなほうが引き立つ場合もあるでしょう。


いやそれ以前に、自分ががっつり改稿・推敲しなくてはならないタイプだったとしたら、今のレベルでの兼業は不可能だったはず。

もしかしたら自分は書きながら推敲もやっているのかもしれず、あるいは既存の執筆箇所を動かぬ大前提として先々の話を積み上げていっているのかもしれず、このあたりの感覚はちゃんと意識していないのですが、いつか自分の執筆脳の動きを客観的に見ながら分析してみようかなと思ってます。まぁ分析したからといって発表するような話でもなし、自分で自分に「なるほど~」と思わせるだけなんですけどね。

小説執筆4800文字。


昨日ちょっと自分の超大作志向に触れたので、今日なんとなく色々考えてみました。

やっぱり「プロ」としては明らかに弱みですよ、これは。世界のこと、文明のこと、地球のこと、宇宙のこと、人類のことを書きたいんです。もう絶対確実に、今の風潮からは外れています。どんどん外れていってますね(苦笑い)

自分が受け入れられたら、自分のほうが何かブレてしまったのかもしれないと感じます。


「プロ」といっても色々な種類・定義があると思うんですよ。

よく聞くのは「金を受け取っていたらプロ」でしょうか。であれば自分は「プロ」なのでしょうね。ただ、1冊2冊を過去に商業で出した人がプロかと言われると、どうなのかなという気もします。

バランスが取れている定義かもなと思うのは、「それで生計を立てていたらプロ」あたりでしょうか。この場合に、ぼくは「小説で生計を立てている」と言われるとちょっと首をかしげるところがありますね。

要するにぼくは自分が書きたいことだけ書いている人間であって、プロと言えるのかどうかも曖昧で、しがみつくという感覚もゼロに近いと感じます。そういう状態って、創作活動にとっては良いバランスなのではないかなとも今日思いました。


まとめると、プロとしては弱みばかりのプロですが、いちクリエイターとしては悪くないんじゃないっすかね。いいでしょう、これで。

ゆうきゆう先生との座談会で強く感じたのは、事業面で成功を収めている方はやはり深みがあるなということです。何より、他人に対して意見を押し通すことがないのがさすが人物だなと感じます。良い意味で教師っぽさがない。


主張を押し通そうとする人はゴマンといるんです。どこにいっても多い。断言・断定しちゃうと、底が割れてしまうのが実際のところではないかなと思います。

ゆうきゆう先生は、ご自身の意見や信念はもちろん固く持っていらっしゃるんですが、押し付けが見られなかったのが、さすがだと感じさせられた点でした。

基本はオープンで何でもあり、人様の多様性を受け入れることが、人生における成功のための出発点だなと改めて感じます。

今日は投稿用を……。

神と大統領と弾道ミサイル(仮)


「ちょっと投稿してみっか~」くらいのノリではじめたはずなのに、結構これは気を引き締めなおいとならないのかも……?

もともと自分は、何を書くにしても超大作志向になってしまうのが自分の弱みだと思ってまして、必ず世界の構造とか、人類社会とか、世界征服とか、そういう方向にいってしまうのです。何を書いてもそうで、今までそうでなかった作品ってむしろ無いのでは……?

これはプロとしては確実に弱みで、要するに自分が書きたいことだけ書いているわけだから、いつも直さなくてはならない点だと思いつつ取り組んでます。でもやっぱりこの投稿作もそんな方向になってきて、自分は重度の病に侵されているのかもしれないという気にもなってきます。

小説執筆2400文字。

投稿もしようと思いましたが時間的に無理でした、ちょっと改稿しました。


昨日書いたアポイントの合間の喫茶店の話で、投稿したあとにふと思ったことがあります。

アポイントの時間って決まっているじゃないですか。だから喫茶店で待機するんですが、この時間ってもう書くしかないんですよね。だって次の予定時間って決まっているから、他に何もしようがないじゃないですか。その時間は書くわけです。


要するに、外の人たちからみれば一見ぼくは忙しそうに見えますが、上記のような強制的な時間というのがあることが実は重要なんじゃないかなと思いました。

たしかに忙しいんですが、でもその忙しさがないと喫茶店の合間の時間というのがなくなるので、あんまり執筆が進まなくなるかもしれません。忙しいから執筆ができないわけじゃなくて、執筆するしかない時間があるから執筆するということなのじゃないかなと。


とすれば兼業であることが、執筆も進むということにもなりそうです。そういう自分のリズムづくりができるかどうかも大事でしょうね。

小説執筆6000文字。


今日はずっと歩いてた日という印象でした。

日中は外回りに出ることが少なくないので、そんなときはとにかく歩き通しです。スーツは一切着ないので、夏でもそこまで辛くはないです。


あと、ピタッと次のアポに入れるわけではないので、合間には喫茶店によって、もちろん執筆です。そんな自分にとって喫茶店はなくてはならないインフラですね。


日中は食事しないから、そこらじゅうが飲食店で埋まってても、自分には無関係な場所ばかりなんですよね~。こんな東京のど真ん中で生きているのに、ほとんどの店が自分には関係ない状況というのは、なんだか不思議な感じがします。

喫茶店だけですね。200円でコーヒー飲めて執筆場所にもなる喫茶店は本当にありがたく、自分にとってはほぼ唯一必要な飲食系ですね。

実用書向けの企画案を整理する時間を少し確保。

新作投稿用の時間確保までは厳しいっすね~。


三連休明けがとくに忙しいものです。いやわかってた、でも今日ばかりはぐったりした。

しかも、各種の連絡業務ってかなり時間食うんですよね。一つ一つのメールの処理は相当早いほうだと思うのですが、それでもチェックすべき点を整理したり、件数が重なったりすると、もうこれだけで半日以上も潰れる勢いです。

ぜんぶ必要なことなのでやりますが、費やす時間に愕然とします。しかも連絡業務自体は何も形となって残るものではないので、猶更もったいない気分にもなったり。

費やす時間で何かを作り上げることができ、それを遺すことができるクリエイターっていうのは良いものですよ。

今日も投稿用執筆やってました……。

神と大統領と弾道ミサイル(仮)


今のところ休日を中心に投稿していこうと思ってます。

三連休は、勢いで始めた投稿にちょっと注力します……。

神と大統領と弾道ミサイル(仮)


ちゃんとタイトルも考えないと。


この三連休はたまたま業務量が軽くなっているので、この機会を活かし、投稿作に集中してます。急に投稿する流れになりましたが、ちょうどいい三連休でしたー。

代わりに平日は投稿無理そうですけどね。


いやでもこの方向で世界の構造を語るって150万文字コース……。

調整局面なのでちゃんと計算しておらず、たぶん3000文字くらい。


それから投稿。

神と大統領と弾道ミサイル(仮)

世間様は15、16、17が三連休らしく、幸いにも少しだけ執筆投稿の余裕がありそう。この三連休のうちになるべく書いておきます。平日は無理そう……。

小説執筆3000文字。詰まったところがあり調整作業。


今日も少し更新してみました。

神と大統領と弾道ミサイル(仮)


佐々木先生とのプチ座談会

年寄りなのでもうみんなに労られてへらへら生きたい!!



期せずして、ゆうきゆう先生の座談会にて一日一食がちょっとした話題になっているらしい。

そんなに特殊なことをやっているとは思わない。花粉症治癒のために一部は調整したけれど、全体としては様々な方向から最適化していったら自然にこうなっただけで。それに一日一食は大変でもフシギでも苦痛でもまったくないので、狭い常識のなかで勝手に決めつけるのは出来ればやめてもらいたいなぁと思います。むしろ今ほど食欲を満足いく形でコントロールできたことはかつてなかった。


また、一日一食の在り方も様々だと思う。

自分は食欲を満たしているが、的確なコントロールをしている人もいるらしい。定期的な断食を入れたり、玄米採食に注力したり、栄養素について色々あったり、まぁ本当に色々な民間療法があるものです。医学データも千差万別ですので、下手に何かを盲信するのはやめたほうがいい。


たぶん自分は一日一食どころか、二日で一食でも問題なく生きられるという感覚は掴んでいるけれど、食欲は思いのままに満たしたいから食べている。ただまぁ食べなくても十二分に稼働できるという予備的方法を持っておくことは、戦争時とか、巨大災害発生時とかメチャクチャ強いと思うよ。ラノベで言うチート無双みたいなものかも。


平時においては、自分は最も頑張らない形ですかね。精神面でも満足し、体重も一定範囲内に収め、病気もないような形にできていると思う。

小説執筆6000文字くらい。本当は8000文字くらいいっているのだが、2000字くらい書き換える予定。


神さまとクソゲーと説明書(仮)の出版を祝い、自分も同じようなコンセプトでちょっと書き始めてみます!

神と大統領と弾道ミサイル(仮)


あと今日は、ゆうきゆう先生を招いての座談会が始まったり、

第11回トークメーカー座談会『クリエイターは社会を変えられる』


こちらの佐々木先生のテーマもプチ座談会っぽくなっていて面白いです。

年寄りなのでもうみんなに労られてへらへら生きたい!!


は!? なんか今日、総合的にはものすごい文字数書いている?

小説執筆10,600文字。

そんなに頑張っているつもりはないが、自然体で頑張ってしまっているのかもしれない。少なくとも、他人様はぼくのことを努力家だと見てくださっているらしい。
たしかに自分は比較的努力するタイプであろうけれども、かといって人様より2倍も3倍も努力しているはずもなく、またそんな意識もない。
もしかすると人様が「実益」だとみなす部分が、ぼくは大して実益だと感じておらず、それほど抵抗感なくできるだけなのかもしれない。認識のギャップだろうか。
小説執筆7100文字。

架神さんに嫉妬。「神さまとクソゲーと説明書」出版決定。
神さまシリーズに並べられるように、ぼくも神さまが世界の姿を語るような作品をコツコツ書き始めてみています。なんとか時間を見つけて投稿を始めたい……!

なんだか最近、開発相談の数だけは増えているような気がします。明らかに、トークメーカーの影響なんでしょうね。意図したものじゃなかったのに……。
ありがたいのですが、一定量を越えて案件をお引受けすることはできないので、アドバイスだけさせていただき、案件としてはお受けしないケースも増加傾向です。
上前だけはねて他の業者さまに流すようなことはしなくていいかなと。この業界ではごく日常的な行動なのですが、でもまぁ、いいでしょう。こうした技を駆使できないのも、下手に自分が表に出てしまっているからで……事業上は、実は芳しい状態じゃないんです。長らく作家・小説家として一切表に出なかったのは、そういう実務上の事情もあったりしました。

皆さんが思うより奥深い業界でして、システムは中が一般からは見えないので、荒っぽい仕事ぶりとか、途中で業者が雲隠れしてしまうようなケースも実際多いです。そうかといって一方では、お客さまのほうも知識がないから、かなり無理な要求をしてきたりする場合も多いです。そういう様々な荒波に対処するためには、あんまり知られていないことのほうが有用だったりします。いま妙に困ってます。不思議な話ですね。
小説執筆9600文字。
1万字あたりが兼業作家の限界か……。
いや、こっちで頑張ると、結局のところ他の仕事のほうに色々遅れが発生するわけで、実は全体として良いんだか悪いんだか。

最近は自分、新しい表現手法にチャレンジしてないなーと思います。忙しさを言い訳にして、既存のものを淡々とこなすだけになっているような。
これはプロである弱みかもしれず、プロだと目の前にその仕事があるから、そればかりをやってしまいがちなんですよね。もっと新しいこと、もっと充実感があること、探してみたいと思っています。近々、必ず。
小説執筆10,100文字。

今日は丸一日内勤という珍しい日だったので、溜まっていた諸々を片付けることができました。
ずっと中にいるのもどうかと思い、途中で抜け出して喫茶店に行き、執筆作業を進めたり。

友人から、「いつ会っても仕事してんな~」と言われましたが、改めてこのことを考えてみました。
仮に仕事をしていなかったとしたら、別に何もすることないんです。
いや正確に言えば、「これは仕事」「これは遊び」「これは趣味」「ここから休暇」みたいな境界線が自分にはないのかもしれません。たとえば執筆については、それが業務だと言われたら業務かもしれませんが、仕事じゃなくてもやってると思います。ほかのすべての業務も同じような気がします。それが形になっていく着実な喜びっていうのは確かにあって、遊びの範疇にも入りそうですよ?
ボリュームも溜まってきたので、活動報告プラスを新テーマに移行いたします。
1か月ごとを目安に新テーマにしていく予定です。
活動報告プラスを新しいテーマに切り替えました。1か月ごとを目安にテーマを変えていったほうがいいかなと思いました。


しゃべログには、なんかまだまだ未知の使い方がありそうなんですよね。そのうち面白い遊びに使えることでしょう。
小説執筆3100文字。

今日は土曜日だけど平日並みの業務アポがあり、創作にはあまり取り組めませんでした。

電車に乗っている時間が細切れにあったので、電車に揺られながらビジネス書の方向性を考えてみる。正直なんでも書けるのですが、問題は光の当て方でして、どこを切り口にして企画をまとめるかが重要です。これが自分はとても苦手だと思われ、毎回苦慮するところです。
小説の執筆2200文字。
実用書の改稿2回目が完了。

今日は肉をたらふく食べた印象。毎日満足いくまで食べていると思うが、「肉食った!」と感じるときの幸福感って何だろうね?
人間の食欲っていうのは凄まじく強烈なものだなと思う。本当は自分でさえ、さらに食べる量を減らしても身体には問題ないという実感はあるのだけれど、とくに意味もなく満腹になるまで食べてしまう。

医学の研究においては、動物は可能な限り少食のほうが健康的で長生きするという論文もあるし、逆に小太りくらいのほうが平均的に長寿だという論文もある。自分の知識の及ぶ範囲で慎重に見比べた限りでは、少食のほうが動物全般に広く確実性はあるように思えるけれど、人間まで同じだと言い切るつもりはないし、別のデータもあることは事実だ。それらのデータが出てきた意図や、研究の前提条件まで考えていくと、もうドツボにはまるから、あえてその辺は深く見ないようにしているけれど。
花粉症は切実な問題だったから多方面の情報を漁りまくった、そして治った。でもまぁ上のような食全般・健康・脳の維持などの問題は自分自身の身体で確認するのが一番いいし、別に目先の切迫した問題でもないから、これ以上の情報の追求までするつもりはない。他のことに時間を振り向けたほうが有用だしね。

ともかく自分は、「食欲を思い切り満たす」のと「体重が一定程度の範囲内に収まるようにする」の2つを、「努力しない状態で」達成できているから、これ以上とくに調整する必要はないという事情もある。
最大級の人間の欲求ともいえる食欲で、矛盾する要素を上手くバランスさせることが出来ているのだから、何かを変える理由もないよね。
序盤の試行錯誤で、また2000文字くらい新規で書いていた。調整中なのでまだ進めた感はない。
それにしても、はて、なぜこんなに執筆案件があるのだろう……?
違和感がある、いいんですか本当に。

編集さんとの打ち合わせでトークメーカー座談会の話題になったとき、架神さんの話題が出て、
編集さん曰く「あの過激派の方ですね」
ぼく「ええそうです」
という会話がナチュラルに成立していたことにちょっと笑ってしまった。ぼくも出版界では過激派と見られているかもしれず、とくに架神さんが過激派であることに違和感もなく、なんとなく同じ範疇の書き手さんのようなイメージがあります。ということは、やっぱりぼくも過激派なのかなと。(※過激派の定義は明確ではありません、単にそんなイメージ)
ということは過激派であるぼくに執筆を依頼するということは、危険を受け入れるべきでありまして、本当にぼくでよろしいのかどうかを自問自答して頂けると幸いであります。

佐々木先生の新しいテーマに参加してみました。
執筆序盤の試行錯誤。第一章を見直し・調整する過程で、3500文字くらいを追加で書いていた。
書き進めた感はない。

昨日(今朝?)は遅くまで起きて残務を引きずっていたせいで、半日くらい眠い状態を引きずっていた。眠いとパフォーマンスが確実に落ちますね。
ぼくは日中、徹夜や夜更かし続きでなければ眠くなることがないんです。だから今日はよほどの睡眠不足状態だったということ。

皆さん、食べたあとに眠くなったりしませんか?
それは当たり前で、食事を採ると全身の血液が腸に集まります。そのせいで脳を巡る血流量も減り、自然に眠くなるのです。
食事を消化することによるエネルギーの消耗というのは、一般的な現代人で、毎日フルマラソンを走りきるくらいのものだそうです。多くの人は西洋医学を妄信してしまっていて、食べないとエネルギーが生み出せないとか力がつかないとか思い込んでいます。でもそれは実は逆の側面もあり、食べることによるエネルギーの消耗というのはすさまじいのです。食べれば食べるほど、巨大なエネルギーを消化にあてがわなくてはならないようになってきます。

それが証拠に、みなさん一日だけでいいので断食してみてください。
翌朝は信じられないくらいに目覚めがよいはずですし、朝早くから活動できるはずです。理由は単純、それは消化にエネルギーを使わないで済んだから。

ぼくが一日一食であることは以前書きましたが、夜しか食べないので、日中は消化によるエネルギー消費がなく、よほどの状況ではないと眠くなりません。
また、ぼくは明らかに一般的な人たちより普段の運動量も多いですし、常に活動していますが、かなり疲れない体質です。パワーの持続力もあるほうだと思います。先日は会社で引っ越し作業をしましたが、最も活動していたのがぼくです。よほど毎日三食ガッツリ食べている人のほうが体力がないと思います。

ぼくは別に「西洋医学は絶対信じるな」という極端なことを言うつもりはなくて、「常識や教育は間に受けないほうがいいですよ~」くらいの軽い感じのことを申し上げたいだけであります。
初稿を渡していた小説の改稿指示が来たので対応。90分ほどかけてすべての改稿完了、さっそく編集さんに送付。今日の執筆・創作はこれだけ……。

夏に外回りで2~3件回るだけで一日潰れてしまったような気持ちになります。
しかも事業提携っぽい話を振ってきて、訪問してみればその会社のサービスの営業をされただけだったなんて事態を前にするとガックリきます。まぁ、しばしば遭遇することなので、ありがちなんですけれども……。
どういう見立てをもってしても、そのようなアプローチが前向きな仕事・契約に繋がるとは考えづらく、そうした手法を営業担当部署が当たり前な顔で採用してしまうことで、その会社さまの評判を逆に落としてしまうだけなのではないかとも思うのです。営業担当者さんの落ち度ではないように思えます、その会社さまの経営理念や営業戦略の問題かと想定します。
でも、そうした機会で目にする一つ一つの事柄が勉強・経験に繋がるとも思えば、長い目で見ればあながち悪いことでもないのかもしれませんね。

プロフィール

こんにちは、至道流星です。

◆ブログ
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