年寄りなのでもうみんなに労られてへらへら生きたい!!

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突然はじめます。
ここでのテーマは「これからどう生きるか」です。
私が!

第一希望。これ。

年寄りなのでもうみんなに労られてへらへら生きたい!

もう年を取りましたので周囲からは人ではなく老いた『なにか』として愛玩され労られて尽くされときには「おばあちゃんさっきもそれ言ってたよ」とたしなめられながら日々暴言を重ね無能であることを個性かつ特技として生きていく枠に入りたいので。



そのためにいまからできる努力や術について地道に考えていきたい。



残り時間がロスタイムに入ったときに、どう生きていくのか。

つーかその枠は「なにか成し遂げた」ものが入る枠なので周囲に尊敬されないとへらへら好きなようにして労られたりしないんだよなあ。たぶん。どうなんすかね。
そんなことないんですかね。


んで、今日は「幽」という雑誌のvol27の京極夏彦先生のスピーチ全文を読みました。これ、作家さんたちはみんな読むといいと思うよ。滾るものがあるよね。おっしゃるとおりのことですよ。

2017/07/06 11:21

テーマ「これからどう生きるか」は様々意味があって、幅広すぎるだけに、まったり色んな方面に議論を広げていくのにとても良いですね。ぜひ議論に参加させてください。
このあたりの感覚は、もしかしたら女性と男性での大きな隔たりがあるのかもしれません。勝手ながら年齢を増すほどに、女性は悟っていく人が多いような印象を受けていますし、男性はバカだからどこか子どもっぽさが残るんですよね。

ぼくはいま40歳ちょうどなんですが、なんというか気持ち的には20歳のころと何も変わっていないんです。体力もまったく同じままだと感じておりますし、まだまだこれからだなという印象が漠然とあります。
老練化したなと思うのは知識とか経験の方面でして、それが積み重なるほどに自分の領域が広がってきてくれているようにも思います。
妙な話なんですが、日本ではまだ「若手経営者」の範疇なんですよね(笑)青年実業家らしいです。何が青年なんだかと思いますが、世間ではそういうことなので。

個々人の性格もあるでしょう。ぼくは元来「人生はゲームみたいなもの」という意識があり、やぶれかぶれで何でもやらなきゃ損だとも考えていますので、まだやりたいこと、やらねばならぬことが山ほどあります。それがなくなったらリゾートにでも引きこもってしまうかもしれませんが、まだまだ先のことであるように感じています。

京極先生のスピーチも後日拝読してみます。感想はまた書いてみようと思います。

2017/07/06 12:02

乱入失礼いたします^^
私は、楽しい生前葬ができるように余生をがんばりたいと思っています。もうすごい、みんなが「参列してよかった!」と思うサービス満点の生前葬。呼ばれなかった人が悔しがるような。お香典は3900円で飲み放題みたいな。
そのためのお金、そして人気を今後の人生で稼ぐのです…
で、その生前葬が終わったら、山にこもって誰にも会わない…
あるいは、飛鳥Ⅱみたいな豪華客船で旅しながら客死(船の人が困る)

2017/07/06 18:32

至道先生
チヒロさん

公開で「私の人生相談」に乗ってくださいまして、ありがとうございます。

どう生きるかっていうののひとつに今後の私は「社会を縦に見たいか」「横に見たいか」みたいなのがあるんですよね。
もともと私は、いわゆる「勝ち組と負け組」みたいな言い方と、その、ものの見方がとてもとても苦手で、相容れないものを感じています。
縦軸に社会を見てピラミッドを作る感じがすごく不得手で、その社会からは早々に離脱したかったんですよ。
私が求めてるのは横に広がっていく、勝ち負けみたいなものがない「私は私」「あなたはあなた」「遠いは遠い」「近いは近い」「遠いところにいくためには横に移動」みたいな感覚の世界なんですよ。

……という漠然とした言い方で伝わるのかな。笑。

おそらく縦軸社会においては私はまったくもって負け組なのではと思うランクづけだと思いますが(勝ち組みかもしれませんが、どこまでいったって縦軸には「より勝ってる上の人がいるわけで最上位にはいけません)横平面社会では私はとても自由で楽しく幸せなのでそれでいいんですよ。
ただたまに同窓会にいくと「わー、違う世界の人こんなにいるー」ってなって目を白黒させて帰ってきたりする異文化交流。

そしてその異文化では「本を読む人なんてほぼいない」。
私は小説とても好きですが、そして「若い子は本を読まなくなった」と業界の皆さんお嘆きになりますが、そもそも「若くなくても大人でも、本を読んでる人なんて私のまわりにそんなにたくさんいなかったよ!?」。

というこのふたつのうすらぼんやりしたものが現在の私の「このあとどう生きるか」の骨格を形成してくなかの二本の骨です。骨はまだ他にもあるし、見つけていくのでしょうが、いまのところこの二本は揺るぎない骨だなあ。

・横平面社会のなかで過ごしたい
・本を読む人なんてそもそもいないだろうという社会で生きて小説を書いて暮らしたいし自分も小説は目がダメになるまで買い続けたいし読み続ける

そのまわりにふわふわと贅肉をつけると「へらへらしたい」になるんですけどね。
どーしよっかなー。

なにかを成し遂げたいとか、大きな野望は、私にはないですね。
女性だから……というより、私はそういう勝負魂がたぶん成長の過程で抜け落ちちゃったのかもしれません。

四十歳だったときの自分を……思いかえす……うううむ。
チヒロさんの夢は生前葬。ふふ。飲み放題でうかがいますね! やってやってー。

2017/07/07 12:19

高知にいかないしトマト作らないしチョコレートのCMのオファーもないだけでおおもとはもしかしてイケダハヤトさんと似たようなことを言ってんのかなーとたまに思います。かろうじて私が社会生活をきちんと営もうと努力しているのは(念のため補足ですがイケダハヤトさんが社会生活をきちんと営んでないという意味ではないです)家族親族の一部にとても感謝しているからの恩返しと自分が常に現実に片足を置いているからで、そのへんはもしかしたら「女性性」と言ってもいいのかもしれないですね。近しい人に心配かけたくないしって思うので。私は田舎で暮らす前に重機の運転技術とか学んで実践してから田舎に行きたいしドラム缶風呂は嫌だ。なぜか唐突にイケハヤさんの日々について真剣に考えてしまった……。

2017/07/07 12:42

>「本を読む人なんてほぼいない」

これは本当にそう思います。小説を読む人なんて、本当に限られていると思います。ぼくら小説家と名乗ったところで、そもそも大多数は小説なんて手に取らないから、「だから何?」の世界なんですよね。
……いや、たしかに一目置かれる場合もあるんですが、その人が本質的に興味があるわけじゃなくて、「世間でなんとなくすごいと思われている職業だからすごいのかもしれない」みたいな感じなのではないのかなと。


>横平面社会のなかで過ごしたい

これはもう佐々木先生は達成しているのではないでしょうか。
ぼくは目下、通常の社会をメインの活動範囲としているので、どんなにうわべを取り繕ったところで、動物と同じように縦軸社会、ミラミッド構造ですよ。
でも作家って基本はその社会活動の範囲をかなり狭めることができて、ドロップアウトした別の領域に自分の身の置き所を確保できるから、自然に横平面社会が開けてくるのかなと思います。

あと、また男女の違いを出してしまうのですが、
女性は自然に周りと自分を様々な側面から比較してしまうので、何もしなくとも縦軸社会になってしまいがちなのではないかと感じています。一方で男性は他人からどう見られようと気にしないという側面があるので、縦軸社会のなかでも、自分の横平面社会を勝手に見出して自由に振る舞うことができる部分があるような気がしています。
女性から見れば、男性は身だしなみも気にしない人が少なくないし、まわりに合わせる行動もとらない自分勝手なヤツが多いように思えているはずです。実際その通りなので男性は首をすくめるしかできないのですが、でもまぁ食物連鎖の世界にあってもそれほど縦軸・横軸を気にせず振る舞えるというのは男性の強みなのかもしれないと感じています。

2017/07/07 14:33

>「人生はゲームみたいなもの」という意識があり、やぶれかぶれで何でもやらなきゃ損だとも考えています

そもそも「人生」とはどういうものなのでしょう。

前にご一緒した吉川さんもそうですし、至道先生と座談会で対話されてらした海猫沢先生もなのですが……そもそもの人生のとらえ方というようなものに「わかるけど、わからない」という性差? これなんですかね??   個体差ですか??????

?  をたくさん飛ばしてますが、本当に私の脳内でこれがたくさん飛んでいるので。

を感じるので、至道先生に、ぼんやりとした質問ですが、人生をどうとらえてらっしゃるかを、あらためてうかがってもいいですか?

「この世界はどうしようもない」というところから、ドロップアウトしていく人、引きこもりになる人というのは、なんとなく「そうなのかなあ」とわかるんですが、至道先生の「だからあえて飛び込んでなんでもやる」に至る考えと、その起動スイッチが私にはほぼわからないものなので。
わからないならわからないでいいじゃないですか……という考えもありますが、わからないなりに興味深いし聞きたいというのも、人というものではないですか。

差し障りのない程度でいいので、もしよろしければ。

どう生きていきたいかは、どう人生をとらえるかとか、幸せってどういうものなのかと感じているかなどが、組み合わさっていると思っているので、いろいろな人の話も聞いてみたいのでした。

2017/07/09 09:42

>「この世界はどうしようもない」というところから、ドロップアウトしていく人、引きこもりになる人というのは、なんとなく「そうなのかなあ」とわかるんですが、至道先生の「だからあえて飛び込んでなんでもやる」に至る考えと

うーん、ぼくはすでにドロップアウトしている人間だと(自分では)考えていますよ。引きこもりと変わらないのでは?
「一度ドロップアウトして、また舞い戻っている」と言うこともできるのは確かですが、大局的な視点ではもうドロップアウトしてしまっているんです。戻ろうとも思わないし、戻ることもできないでしょうね。

「引きこもる」のも、「何でもやってみる」というのも、表現手段の違いだけではないでしょうか?
たまたまぼくは今の表現手段を選んでいるだけで、ドロップアウトして引きこもっている人とそれほど変わるとは思わないですね~。

2017/07/09 16:21

>「引きこもる」のも、「何でもやってみる」というのも、表現手段の違いだけではないでしょうか?
たまたまぼくは今の表現手段を選んでいるだけで、ドロップアウトして引きこもっている人とそれほど変わるとは思わないですね~。

そうなのですか? そうなのかな……。
と、じっと考えてみて「そうなのかも」と思いました。

A「ドロップアウトする」とB「弱肉強食の世界に関わる」は相反するものでもなく、AはBに含まれることもある……みたいな……。

死なない限り生きなくてはならないというか、死なない限り最低限「いまの社会」に含まれなくてはならない。それが生きていくことだからみたいな理解になって、なぜか切ない気持ちになりました。あれ、なんで私は切なくなるのかな……。

海猫沢さんは世界を憎悪しているような部分もあるのかもしれないですが、至道先生は世界と世間に関してはもう諦観の境地なのですか?

……私はなにを聞いてるんだろうという気にもなる質問だ。

小説を書きはじめたごく初期に気づいたことは、私はあまり世界が好きではないし世間もそんなに好きではないですしおそらく根本は人間もそんなに好きではないのですが、それでも人類愛はあるし世界も世間も愛おしいと思いたいなあと、強くそれを希求して生きているようだ……ということでした。
書いてみて気づくというのも、ぼんやりとした話です。
あんまり日常に生きてて、世界をどう思ってるかなんて気にしている暇もなかったので、小説を書いて「へー、私はそういう気持ちでしたか」と他人事のように感じたのでした。
至道先生は、もう十代のときには、好き嫌いを把握し心の形とか思考の形とかも固まって、どう生きていくかも、決めていた……んですよね。

すごいなあと思うけれど、どっちかっていうと私のほうが疎いというか、とろいだけなのかな、これは。

2017/07/11 09:44

私は「人生で成功したい」とか「なにかを成し遂げたい」という部分が人よりちょっと足りないのかなーと、そのへんを考えながら、トークメーカーの座談会のあちこちを眺めてきた。
いや、成功してるのか。すでに。うーん。

もしかしてここで闘争心みたいなものを入手したほうが今後の老後はかえって楽しいのかなあ……。思ったままをそのまま垂れ流すログ。

2017/07/11 13:41

>A「ドロップアウトする」とB「弱肉強食の世界に関わる」は相反するものでもなく、AはBに含まれることもある……みたいな……。


ここは違っているのではないかなと考えております。
ぼくはB「弱肉強食の世界に関わる」とは距離を置いてしまっています。厳密にはA「ドロップアウトする」なのではないでしょうか。

もちろん「お前はBだ」と言われたら、否定しませんし、それでいいと思います。自分としても説明しやすいので、ちょっとしたトークの場では誤解のないように流れのなかでそう言うかもしれません。いやでも弱肉強食という表現を使うかな……? 使うのでしょうか、流れで使うことがあるかもしれませんが、自分は弱肉強食の真っただ中というよりも、ぬるま湯の引きこもりかもですよ。

もしぼくがBだとするなら、野心全開でガツガツしていると思いますよ。
たぶん、トークメーカーを弊社で運営しようとは考えなかったかもしれませんね。トークメーカーは他のクリエイターさんに開放しつつ末永く地道に育てるべきものなので、短期的な野心とはあまり相性がよくありません。

もっと具体的に言うと、皆さまを納得させるようなビジネスモデルを組み上げ、分厚い事業計画書を持ち歩き、プレゼンさせていただき、遥か彼方の事業展開を目指すと思います。
企業さまから億単位の資金を集め、ささやかな弊社保有不動産など売り払って事業資金にあて、M&AやらIPOやら目指して全力疾走することでしょう。今風の事業家連中と付き合い、そういう場所に出向き、もしかしたらそういうのが好きな女の子と付き合ったりしているのかもしれませんね。そういう方向もまた興味深いものだと思いますし、知識・ノウハウも一定程度ありますし、強い野心がそちらに向くのは不自然なことではありません。
ぼくにとっては、そうした世界がBです。
佐々木先生が記したAとBの対比では、自分はA。引きこもっている状態だという表現が、そんなに違っているとは思いませんでした。

上記の前提部分に誤解があるような気がしたので、まとめてみました。

2017/07/11 23:01

至道先生

ご説明ありがとうございます。
たしかに私の前提が間違ってましたね。
「ドロップアウトするとは」という部分で、私がすごく狭い定義で固まったものを想定していることら気づきました。

何度も丁寧にかみ砕いて説明くださり、ありがとうございます。
こういうところに自分の頭の悪さを感じる。初回でピンと来ないんですよね。

いかんなあ。
そのあたりにも自分の年を感じました。笑。
笑いごとではないのじゃが。

至道先生は……じゃああまり世界に対してあきらめてはいらっしゃらない?

2017/07/12 10:18

>至道先生は……じゃああまり世界に対してあきらめてはいらっしゃらない?


ぼくは「世界をあきらめる」「世界をあきらめない」という二元論で考えたことはないかもしれません。

佐々木先生がよく持ち出される「ぼくと海猫沢さんとの対談」で、海猫沢さんが世界に対して「絶望しきっている」「すっかり絶望している」と何度も仰っていましたよね。たぶんそのイメージに引っ張られていると想定するのですが、それは海猫沢さんのご意見です。
そりゃぼくとて血反吐はくほど絶望したことは一度や二度じゃ済みませんけれども、幾ばくか限定された範囲内・時間内のことでありまして、全体として世界のすべてを絶望しているとか、あきらめているという風に二元論的にはとくに思考しておりません。

なるべく今の気持ちを正確に言うと、「まぁ、いいんじゃないの」とか「そんなものですよね~」みたいな感じでしょうか。
世間様が憤慨していたり、メディアで怒りが充満していたり、一部の人が高らかに声を上げていらっしゃっても、ぼくのほうは基本は何でも「オッケーです!」と受け止めております。
世論の動き、さまざまな報道、政治や経済や金融や外交に関するさまざまな危機……そのすべてが興味深いです。そして自分は、そろそろ間近に見えてきた世界的金融危機、地域紛争のような出来事、インフレや災害などに向けて、ささやかですが可能な範囲で備えをしていますので、世界のすべてを観客席にいるような気持ちで拝見させていただくことができます。

その対談では、ぼくは「核戦争が起こってどれほど世間が大変なことになっていても、ぼくだけは肯定してますよ~」みたいなニュアンスのことを書いたように記憶しています。
ぼくと海猫沢さんは同じ考えのところもあり、まったく正反対のところもあり、要するに別の人間なので意見も違います。海猫沢さんのご意見と、ぼくの意見を混同しないようにお願いできましたらと思います。大筋として海猫沢さんは命には重要な価値があるという万人共通の価値観を持っていらっしゃるのではないかなと思いましたし、一方でぼくは人間には等しく(教育されているような)価値はないという大前提に立っていますので、根幹は違う部分が小さくないかもしれないと思いますよ。
誤解を恐れずざっくり言うと、「文学の方」と、「商売人」という違いがありそうに感じます。

ではご質問を返すようですが、佐々木先生は世界に対してどのようなお考えを抱いているのでしょうか?
世界が嫌いですか、絶望していますか、愛していますか、世捨て人みたいに生きていきたいですか。

2017/07/12 22:02

私は二元論すぎるな!!

そして私は世界的な金融危機に対してはなんら対策してないので、わーいってなりました。わーい。
どうしよう。このあいだチヒロさんとビットコインとかゴールドの話をしたけど酒飲んでたので途中でどうでもよくなりましたね……。ダメ度高い。

至道先生は、あまねくすべての人に対して鷹揚ですよね。

私は世界は苦手ですし、人間もおおざっぱに不得手ですが、人類に対しての愛と希望は持ちたいし、世捨て人になるには自分でいうのもなんですが優しすぎます。
世の中でいちばん好きで、信頼できる生物はたぶん昔もいまも「自分と暮らす犬」ですが、犬はもう亡くなってしまいました。

現在の社会では生きていく→金がないと大変
金が必要→働いたほうがいい
働く→朝から晩まで大変
朝から晩まで大変な思いをして働かないと生きていけない→生きてる意味ある?

という設問を数年前に問われてから「現代社会で生きてる意味ってなんだ」で明快な答えが出てこないんですよね。

もうみんな高等遊民みたいなもんじゃないかな現代日本人と思ってるので、自分のなかで意味づけしないと生きてけないのかなーつてすごい暗い気分になっただけで……どうしたらいいのかいまだわかんないです。こたえは出してない。

ただ、じゃあ生きてることに意味はないのかと問われると、身近な人には死んで欲しくないんですよね。そういう部分では情という部分の意味はあります。
「あなたに死んで欲しくない」という言葉以外に説得力のある言葉は出せなかったので、どう相手を納得させるべきかはいまだ考えています。
その相手は現状、生きてはいますが。

問いかけた人が私なんかは突き抜けて勝手に悟ってくれるとラクだなあって思ってますけど。

2017/07/12 22:36

>世界的な金融危機に対して

次の危機は、リーマンショックを凌駕する巨大な信用収縮になりますよ。すでに従来の経済環境ならば、崩壊しているはずの場所が多く存在しています。中国の金融システム、ドイツ銀行、ウニクレディト……ものすごい勢いで各政府が裏側で支えていますので、今は抑制されています。あとどのくらい、保たせることができるでしょうか。皆、最初のババを引きたくないのです。どこかに最初にババを引いてほしい。限界まで歯を食いしばって先伸ばす。自分が発火点になってしまえば、まるで自分のところが世界金融を崩壊させたみたいに攻撃対象になってしまうから。
タイミングまでは読めませんし、量子のようなもので、こればかりはその時点になってみないと可能性が定まりません。ただし崩壊しているという可能性は至るところに実在しており、その現実がどの時点において定まるか――それは、その瞬間が決めることです。次にその瞬間が訪れたときの劇的な始まりは、世界史に重大な出来事として刻まれるでしょうね。
ぼくが数年前、とあるシリーズで書いた世界金融システムの崩壊、そしてパラダイムシフトが、もうすぐ現実のものとなるということです。待っていました。


>現代社会で生きてる意味ってなんだ

別にないんじゃないですか。ぼくはそう受け止めています。「現代社会で」という枕詞も不必要だと思います。

こればかりは答えなど実在しません。
あえて意味づけしたいのでしたらどのようにでもご自身を納得させればいいと思うところです。哲学書をお読みになられて自分なりの答えを見つけるのもよし、人様が歌う「自分だけの花」とかいう歌詞を聞いて自分を納得させるもよし……ご自身の納得性が得られるかどうかだけの問題でありまして、どれほど探し求めても、答えが置いてある場所はどこにもありません。そのため本件について、もう悩まれる必要はございません。

自分がこうだ、と思えばそれが答え――それでオッケーじゃないでしょうか。そして死ぬ間際に、自分が勝手に納得して、幸せを感じられれば、それで満点認定していいんじゃないっすかね。イエス、100点満点です!
まぁぼくは、はなっからないと思っているので、答えを探すようなことには興味がありません。


>あなたに死んで欲しくない

これはまさに、佐々木先生の本当の本心なのだと感じられます。ぼくも、同じように言うと思います。
これ以上に正確な言葉を、佐々木先生と同様に、自分にも紡ぎだせませんね。
大切な人に伝える厳密な言葉として、これはベストなのだろうと感じます。

2017/07/12 23:38

今後へらへら生きていくために、私はどういう類の備えをしたらいいのでしょう。
経済的に。
一般庶民の個人の無能のひとりができる範囲の対策しかできないのですがアドバイスいただけましたら嬉しいです。

最近、何人かの人にリップルについて聞きました。しかし「よくわからないし、どうなんだろう」というぼやーんとした印象しかないです。ビットコインもだけど。うーん……。みんなどうしてるんだろうね。これからのこと。

2017/07/13 09:19

リスクヘッジに振り分けられる余力は千差万別で、一人として同じ状況の人はいないので、したり顔でぼくが「こうしたほうがいい」というご案内をするのは憚られます。
まして、先の書き込みでも書いたように、必ずそのときは来ますし、迫っていることは事実ですが、タイミングについてはその瞬間が決めることです。それまではまだ既存の資産価格が上昇する方向でしょうし、現時点での振り分けが損失になってしまうこともあります。誰かの意見で右往左往するのではなく、自分の考えでご判断いただくしかありません。
急激な信用収縮の最序盤だけはドル(おそらく円も)が一瞬強く見えるでしょうが、それは本当は砂上の楼閣なので、その後のことは、信用創造が猛烈な速度で逆回転をすればどういう世界が現出しているかを冷静にお考えになってみてください。

また、無理に焦って対策を打つと、かえって上手くいかないものです。だからもし佐々木先生が運用などに慣れていらっしゃらないのなら、何もしないことのほうが結果的にマシになる可能性があります。

ノーガード戦法というものがあります。ええじゃないか戦法と言い換えてもいいでしょうか。
ほとんどの人が右往左往して沈没するばかりなので、逆に言えば、とくに備えをしなくとも、みんなと同じだと開き直ることもできます。

2017/07/13 16:26

至道先生

自分の性格からして興味があるならとっくになにかしてると思うので、ここまでなんにもしなかった=やりたくないことのひとつが資産運用なんだろうなーと思いました。
やりたくないことは、しない今後を考えているし、だったらノーガードでいいなと思いました。

ゴールドについてだけはけっこう前から考えてたので、それだけちょっと考えてみます。
ありがとうございます。

すみませんこんな公な場で答えづらいことを聞いてしまって……。

2017/07/13 19:04

友だちと死に場所について語ったりしたんですが。

つまり、なまじ墓があったり、血縁がいると、どうしても墓まで移動しないとならないわけで。
葬儀を親族の多い場でとか、墓までをどうするのか遺体で移動して墓に近いところで葬儀か、葬儀は生きてる血縁にとって近い場でやってからお骨持って墓に移動してもらうとか、考えてみたら「死期が近くなったら、墓がある人って、墓の側で死んだほうがいいんじゃないの」話題。

私は墓はないのだが、自分ちの庭に埋めてもらうわけにもいかないし、散骨とか逆に遺族にとって手続きや金やら負担かかるしで「もしかしたら、自由に動けるうちは好き菜場所で暮らしていいが、死に際は、けっこう死に場所を固定されるのでは」問題。

階段の幅の狭い団地なんかで死ぬと、棺桶が曲がりきれなくて、階下までおろせない問題もあるって聞くし「死に際って、わりと場所選ぶかも」と思いました。

葬儀なんてしなくてもいいけど、遺体をどうするかは、どうにかしないとならないんで、あれだ。
一番らくなのは病院で死ぬことだなあ。
自宅で死ぬと、あとの人が大変そうだなあ。

死ぬことを想定して、どこで暮らすか老後を定めたほうがいいなあ……。

2017/07/13 19:08

そして「人間嫌い」だとわりとずっとリアルでも言っているしあちこちで書きちらかしてもいるのですが、今日の夕焼け空がとても綺麗だったので「空が綺麗なときは、空が綺麗だねと言う人がいることの幸福」について考えたし、そういう日常を身近な人に伝える幸福というのが私のなかにあるので、ひとりで隠遁生活は「ない」なとも思いました。
花が咲いたよとか、空が綺麗だったよとか、そういうのを身近にいる人に言って「そうなんだ」と返ってくることを幸福だと感じる回路が私にはある。
言われた人はどう感じているのは……どうなんかね。それはまた別だな。

昔、男性の先生が「きみたちのこれからつきあう彼女が可愛いことと、きみが彼女を好きだと思うことと、彼女の話すことがきみにとっておもしろいかどうかは、まったく別なものだと思いなさい」って男子生徒に言ってました。思いだしました。

2017/07/13 20:25

プロフィール

佐々木禎子(ささき ていこ)
作家。
札幌出身・東京と札幌を行ったり来たりしています。
1992年雑誌JUNE「野菜畑で会うならば」でデビュー。

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