怖い話をしよう

その9

怖くはないです。不思議な話。

私が子どものときの話です。
小学校の三年か四年くらいだったと思います。
ある日、私は、普通に手を洗っていた。なんなく、ぎゅっと両手を強く握りしめた。そうしたら手からにょろりと白くて長い虫が出てきた。ぎゅっと握れば握るだけ無数の虫が私の手から滲み出た。思わず手のひらを確認したけれど、ただ濡れているだけで、虫など手の上のどこにも見えない。水は透明のいつもの水だ。そこは台所で、私たち家族はその蛇口から出てくる水を飲用にも調理にも使っていた。札幌の上水道です。昭和時代とはいえ、もうとっくに世界は清潔で、上水道の蛇口から虫なんて湧かない。
しかし流水にまた手さらし、手のひらを圧迫すればするだけ、虫が水に流れていく。どんどんどんどん無数の虫が、流水にその身をくねらせて、細い白い糸がねじれるように蠢きながら流れていく。五十、八十……もしかしたら百くらい?
私の肌から虫が湧いて流れているのだとしたら、その虫は汗腺とかそういうようなものよりはずっと太い。肌の下にそれだけの動くものを入れている感覚はない。そもそもどうやって滲み出ているのかわからない。出てくる瞬間は目視できない。

ただ、流れ落ちた水には、白い虫が無数に蠢いている。

でも子どもだったし、それはいまでもそうかもしれないんですが、その不気味だけど見たことのない眺めがとてもおもしろくて、私はずっと、虫が途切れるまで、流水に手をさらしてぎゅっと強く手を圧迫して洗い続けたのです。
蛇口を開けはなしたまま水にさらして手を洗っていたので、とうとう白い虫はいなくなり、跡形もなく流れていった。
虫がいなくなってから「あ、虫をここに流したら、母に怒られるのでは」と考えた。普段使いの台所なので。そのとき出かけていた母が戻ってきてから報告をした。怒られるとおそるおそるでした。
母は薄気味悪そうに一応、流しまわりを点検し掃除してました。
身ぎれいしていて、この手のことについては口うるさくしていた母でしたが、あまり怒られなくてほっとしました。

あとで聞いた話ですが、その時期の私は、人見知りの激しい子どもであり、少し癖があったため、母はそういう私にやや手をやいていた。「虫がいるから」と近所の誰かに言われたらしく、民間伝承の虫封じのおまじないを聞いていて私にほどこしたのだとか。「それだったのかしら」と言われたけど「知らない」と答えるしかない子どもでした。

でも本当に私は手を洗うはしから水と共にシンクに落下し、流れていく虫がうねうねしているのを見たのです。
とても気持ちが悪く不思議な光景でした。

わたしの手があまりにも不潔すぎて虫が湧いていたのだとしたら……それはそれでやっぱり、そっちのほうがぞぞぞぞぞと怖い話です…………。

2017/07/01 10:39

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プロフィール

佐々木禎子(ささき ていこ)
作家。
札幌出身・東京と札幌を行ったり来たりしています。
1992年雑誌JUNE「野菜畑で会うならば」でデビュー。

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