年寄りなのでもうみんなに労られてへらへら生きたい!!

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最近は、愛と個性と資産について考えている。


私、恋愛の先にある共同生活スタイルのちょっとめんどくさい点は、そういうの長引かせることための努力点って個人の資産価値を高めることだと思ってるんだ。

これ、個性も含めて資産で。

男性視点からみて話すと「若くて美人でナイスバディの女の子」が好みで結婚したとすると、その若くて美人でっていうのが投資してもいいっていう資産なんだろうという考え方。それでこの考えかたは、女性である私からすると「いやだなあ」なのは、長期のご利用にあたり「若くて、美人で~」のひとつひとつの資産は目減りしていって、経年劣化で資産価値が減るのはっきりしてるじゃん。



で、そうなったときの私の考えだと「減った資産のぶんを補填するために、別な方法で自分に投資して自分の資産価値をあげていく」=自活できるようになっていく・家事能力あげていく・・運を上げていく(笑)← わりと真剣・その他いろいろ、に、なっていくんだが。


一般的には、その資産価値の減りを補填するのが「愛」という、うまく数値化できないものじゃろ?

そんなことないかな。どうかな。



まあそれはそれでいいのさ。私も「愛」というものはちゃんと知ってる。その価値もしっている。しってますとも。


で、愛と尊敬ってどこかで似てませんかね。


ここで私が考え込んでる「年とったら労られたい」ってのは、「愛されたい」か「尊敬されたい」かのどっちかっていう感じで、年を取って目減りした資産価値の自分を適度に放置しつつしかし認められていたいみたいなもんで。


たぶんそこのところで「どうしたもんなのかなあ。私の精神的に」みたいなのをずーっと考えている。茫漠としているなあ。これ。


昔から「人として役に立つところを評価されてもあまり嬉しくない」という特質があり、たぶん私自身の根深いなにかが「年をとったら労られたい」という一言に凝縮されているような気もしないでもなく、成長過程でのあれこれ含め熟考したら止まらないし、あまりきちんとした手段ではなく、当面の問題でもなく、どっちかっていうとここをつきつめると作品になっていくような気がしないでもなかった。


思春期かよ。


プロフィール

佐々木禎子(ささき ていこ)
作家。
札幌出身・東京と札幌を行ったり来たりしています。
1992年雑誌JUNE「野菜畑で会うならば」でデビュー。

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