怖い話をしよう

その4、参りましょうか。

最初に申し上げておきます、この話にオチはありません。小説と違って実話なんで、エンディングっぽいオチがないのは当然ですね。

東京に上京して間もないころ、友達になった野郎(Aとしましょう)のアパートに泊りがけで遊びにいきました。世田谷のアパートです。
ちょっと記憶が曖昧なのですが、たしか、そのAの隣の部屋の住人が前日に亡くなり、「ちょっと怖いから泊まりにきてくれ」と誘われたのだったのではないかなと思います。ぼくと、もう一人の野郎(Bとしましょう)に声がかかり、Aのアパートの一室に男3人で泊まることになりました。

Aの話によれば、亡くなった隣の住人は20歳前後の大学生。3時か4時くらいに壁を激しくひっかくような音と共に、呻き声を発していたそうですが、朝になると事切れていたそうです。死因は、肥満だったらしいです。ただ、「そんなに太っていたようには見えなかった」ともAから聞きました。

で、1日目。
別に何事もなかったんですよ。
夜が更けて、男3人で他愛ない話をしながら寝床につきました。

と思ったら、なんかAが布団のなかで、真っ暗闇でぼくの身体をタッチしてくるんですよ。何度も何度も、タッチしてくるんです。いや、誤解なきように、そっち系の人のタッチではないと想定します。何度も何度も小刻みに。Bのほうにも、同じようにタッチを繰り返しているんですね。しかも腕の動きが変なタッチだったように記憶しています。ぐねぐねしながら一瞬タッチ、そんな感じ。
何なのかなと思って電気をつけてみると、Aの目が据わっているように感じたんですよ。
でも実害はないし、「止めてくれ」と言うと、実際止めるんですよ。それでまた寝るのですが、しばらくするとタッチを繰り返してくるんです。
そんなことを繰り返しながら、夜が明けました。

2日目。
Aは普通でした。ぼくもBも、首を傾げつつも、釈然としない思いで相談しました。
そして「念のため神社に行こう!」と決まりました。
AもBも同意して(特に他にすることもなかったので)、アパートを出たんですね。電車で大きな神社に行こうとしまして、3人で駅のホームに行ったんです。世田谷線の、ちょっと寂しい感じの駅舎で、そんなに人もいなかったように思います。
3人で電車を待って腰掛けていたときに、電車がホームに乗り入れようとした瞬間、いきなりAが立ち上がって、電車に向けて駆け出したんですよ。
えっ!? と思って茫然としてえいたら、Aは急に我に返った様子で、何事もなくこちらに引き返してきて、元いた座席に座りました。Aに話しかけると普通で、今の自分の行動を記憶していなかったような感じだったんです。そのとき「こいつはなんか本気でやばい」と思ったので、電車には乗らず駅を出て、最寄りの神社に行くことにしました。
最寄りの神社は徒歩数分で、3人で「なんかやべえ」とか言いながら歩いていったように記憶しています。
で、神社がもうすぐかなというところで、Aがまったく動かなくなったんですよ。前に、進まなくなりました。いやいや来いよと思って、ぼくとBで全力で引っ張ったのですが、地面に両足ががっちりついた風で、とんでもない力で、まったく前には動かなくなったんです。ずいぶん粘ったと思うのですが、どうやっても動かない。傍から見れば、変な男たちだったでしょうね。
ともかく、どうしようもなくて、結局Aのアパートに引き上げることにしました。ぼくもBも、もう1晩泊まるつもりでしたが、そのときBに連絡があり、どうしても帰らなくてはならない用事ができたとのことでした。それでBと別れ、ぼくとAはとぼとぼAのアパートの一室に引き上げました。Aはごく普通なんですよ、会話もできるし、時々何かつぶやくけれど、こちらに聞こえることもない。目はギラギラしていたように記憶していますが、ぼくが勝手に後で作り替えたイメージかもしれません。

まぁすることもないので、Aと2人でテレビを見ていたんです。
そして20時も過ぎたころになると、なんかAがさらにブツブツつぶやきだしたんですよ。そして、急に目が妙な動きをしたり、怪しげな言葉をつぶやいたりするようになったんです。自分から見れば、突然の変わりようでした。もしかしたら早い段階からおかしかったのかもしれませんが、その前の段階ではどこか日常の延長線上のようなところがあり、危機を感じるというほどではなかったんです。でも、動物的勘とでも言いましょうか、鳥肌が立ちましたし、喉がカラカラに乾きました。
Aは奇妙な言葉を発しながら、ぼくをにらみつけるようになってきました。あまりに行動や言動がおかしくなりはじめたときに、「わっ!」とか大喝すると、Aは元に戻るんですよ。これでしばらく大丈夫なんです。でもまたおかしくなりはじめる。そしてぼくが大喝する。元に戻る。数分してまたおかしくなる。この繰り返しでした。何度繰り返したか覚えていません。しかもですよ、大喝→我に返る→おかしくなる→大喝……この間隔がどんどん短くなっていったんです。
携帯で外に110番しようとしました。いやでも、通じないんですよ。テレビは、Aと対峙したときに、早い段階でAが消してしまったように記憶しています。
冗談ではないんですよね。このときはもう22時も過ぎてましたかね。
さすがに帰ることを決断しました。それで、ぼくが何気なく出ようとすると、Aが立ちはだかるんですよ。このとき気づいたのですが、Aは最初からぼくを出さないような位置取りをしていたんだと思います。玄関に通じる通路の前あたりで、ぼくを睨みつけていました。

もう自分も身の危険を感じていたので、Aを殴り倒してでも出ようかと考えましたが、神社でのいきさつを考えると、あの力に勝てるとも思いません。それでも出るしかないと思ったので、気合を込めて立ち向かおうとしたときに、Aは玄関脇の台所の下から包丁を取り上げたんですよ。そしてぼくに向けてきたんです。いや、マジな話なんですよこれは……。

ぼくも怖くなると同時に逆上して、なんか色々言ったと思います。Aは一通りぼくの言葉を受け流したあとに、かすかな声で言った言葉が、「3時に来るぞ……」

いやもう本当に勘弁でした。3時に何が来るのかも知らないし、知りたくもないし、とにかく逃げることだけに頭を巡らせました。全身が鳥肌で、足も震えていたと思います。
Aに目いっぱいの大喝を喰らわせると、一瞬だけ正気に戻ったような気がします。その瞬間を見計らって、ぼくは後ろの窓を開ける時間を確保しました。2階でしたし、靴も取れませんでしたが、無我夢中で飛び降りました。どんな着地をしたか覚えてませんが、とにかくコンクリートのうえに無事に着地したことは確かで、ぼくは無我夢中で駅に向かって裸足で逃げてました。大声を上げていたと思います。
気勢を上げながら裸足で全力疾走する男って、かなり危険人物ですよね……。でも、そんなことを考える余裕もありませんでした。
ようやくアパートを離れたあとで、ふとアパートのほうを見ると、Aの影が窓からこちらを見ているようでした。再び鳥肌です。
それからはもう振り返りもせずに、駅まで駆けました。そして裸足で電車ですよ。裸足で電車に乗り、裸足で家まで歩いた記憶が強く残っています。

それだけのお話です。その後、Aからのコンタクトは一切ありませんでした。
20年前のことなので記憶違いのところは幾つかあると思いますけれども、とくにオチもないお話でした。

要点としては、ぼくは霊体験をしたわけでも多分ないし、霊のようなものを見たこともありません。このほかのオカルト体験は、ただの一度もありません。金縛りのようなことにすら遭遇したこともないですし、何も感じたことはありません。
また、エンタメ的な扱いの霊やオカルトは信じておりません。でも、この時空――空間3次元・時間1次元――の4次元は、あくまでぼくら人間がそこまでしか知覚できていないのであって、物理学上、10次元くらいは実在しているのだと考えています。

2017/06/29 22:02

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プロフィール

佐々木禎子(ささき ていこ)
作家。
札幌出身・東京と札幌を行ったり来たりしています。
1992年雑誌JUNE「野菜畑で会うならば」でデビュー。

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