創作

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ディープなネタを扱うことに関して、あるプロ作家の方が言っていたことを思い出す。

明瞭に覚えていないので、記憶に残っているエッセンス部分だけ。



 多くを知る必要はないと。

 知らない自分のままでその世界を見聞きし、感じたことを書く。

 筆者の目を通し、読者は知らない世界を知ることになる。

 多くを知ってから書けば、その時には読者と同じ目線になることは出来ない。



つまり素の状態で感動したり面白いと思ったことこそネタにすべきものであって、なにからなにまで調べてから、xx警察に突っ込まれないように冷や汗をかきながら書くべきではないということだろう。

それに、よく知っている世界は自分にとって平凡なもので、知らない人がなにを面白がるかを知ることが出来ない。外国人が日本のありふれたものを見て面白がる、その感覚を我々はもう理解することはかなわない。


だから、もしそれが知らない世界ならば、伝えるために知りすぎてはいけない。

伝えるべき感情を失ってしまうから。


まあ、そういうことなんだろう。

だから住民よ。臆することはない。知りすぎた連中よりも我々知らぬ者の方がアドバンテージがあるのだ。

至道オーナーが自分らを信じろと言うんだから、気楽に乗っかってやればいいじゃない。

2017/09/07 23:34

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